百夜目の朝
新しい世界に来てから、そろそろ三ヶ月が経とうとしていた。
林帆は毎日、ミラと一緒に森へ薬草を採りに行き、時々魔獣を倒し、少しずつ町の人々と馴染んでいった。ヨルも町の子供たちと友達になり、笑顔が増えた。
力はまだ完全には戻らない。しかし、右手の紋章の輝きは確かに強くなっている。体内の三力循環も、かすかにだが動き始めていた。
「林帆さん、今日は特別な場所に連れて行くよ」
ミラがいたずらっぽく笑う。
「特別な場所?」
「秘密。ついてきて」
彼女は森の奥へ、今まで行ったことのない道を進んだ。木々は古く、太い。地面には苔が生え、足音が消える。
二十分ほど歩いたとき、視界が開けた。そこには小さな湖。水は透き通り、底には無数の光る石。
「ここは“星の湖”。昔、流星が落ちた場所だと言われている」
林帆は湖の水をすくった。冷たい。しかし、その中にかすかにマナを感じる。この世界のマナだ。
「この水…もしかすると」
彼は湖のほとりに座り込み、右手を水面にかざした。紋章が光り、湖の水がかすかに波立つ。
「力を取り戻せるかもしれない」
その時、湖の中央から何かが浮かび上がった。銀色の魚。体長は三十センチほど。全身が光っている。
「光魚…こんなの見たことない!」
ミラが驚く。
魚は林帆の手元に寄ってきて、じっと彼を見つめた。そして、突然跳ね上がり、彼の右手の紋章に触れた。
びりっ。
一瞬、体中に電気が走った。三力循環が大きく動き出す。止まっていた力が、少しだけ戻った気がする。
「ありがとう」
魚は再び水中に消えた。
林帆は立ち上がり、拳を握った。以前のように力が漲る感じはない。しかし、確かに何かが変わった。
「帰ろう。今日は収穫があった」
町に戻ると、町長のエドガーが浮かない顔で待っていた。
「ちょうどいいところに来た。北の丘で岩熊が出た。村人が襲われた」
「怪我は?」
「軽傷で済んだ。だが、あのまま放っておくわけにはいかない」
林帆は少し考えた。
「行きます。ただし、助っ人が必要だ」
「町の若者を二人連れて行く。武器も貸せる」
その夜、彼はヨルとミラを集めて作戦を練った。岩熊は巨大で、力も強い。正面からぶつかっても勝ち目はない。
「罠を仕掛けよう。穴を掘って、その上に枝を渡す。そこに熊を誘い込む」
三日後、準備が整った。林帆は町の若者二人を連れて、北の丘へ向かった。
岩熊は思った以上に大きかった。体長は三メートル。毛は岩のように硬い。
「来るぞ」
熊が突進してくる。林帆は若者たちに指示を出し、熊を罠の方向へ誘導する。
「今だ!」
熊が罠に足を取られ、穴に落ちた。その隙に、林帆は岩の上から飛び降り、熊の頭目がけて棍棒を振り下ろした。
一撃、二撃、三撃。
熊は動かなくなった。
「終わった…」
若者たちが歓声を上げる。林帆は息を切らしながらも、拳を上げた。
力はまだ完全じゃない。でも、知恵と仲間がいれば、何とでもなる。
その夜、町では小さな宴が開かれた。林帆たちは英雄扱いだ。
ヨルが隣で微笑む。
「よく頑張ったね」
「ああ。これで少しは町に恩返しができた」
彼は右手の紋章を見つめた。光はさらに強くなっている。
百日目の夜。月は明るく、星は輝いている。
新しい世界での生活は、まだ始まったばかり。
だが、もう怖くない。
ここにいられる場所が、できたから。




