無力な始まり
門をくぐり、新しい世界に足を踏み入れてから、すでに半日が経っていた。
林帆とヨルは、遠くに見えた町へ向かって歩き続けている。草原はどこまでも続き、足元には色とりどりの花。蝶が舞い、小鳥がさえずる。平和で穏やかな場所だ。
しかし、林帆の体は重い。力が抜けたように、歩くだけでも息が切れる。
「やはり…力がほとんど使えない」
右手の紋章はかすかに輝いているが、それ以外の力はまるで感じられない。三力循環は止まり、マナも星の力も、体内には微塵も残っていない。
「大丈夫?」
ヨルが心配そうに覗き込む。彼女の月の護符も輝きを失い、ただの飾りになっている。
「なんとか歩ける。町に着けば何とかなるだろう」
門のところで剣や杖を置いてきたのは正解だった。あの重さがなければ、もっと楽に歩ける。
日が傾き始めた頃、ようやく町の門に辿り着いた。石壁に囲まれた、こじんまりとした町。衛兵が二人、立っている。
「旅人か? 身分証は?」
「ありません。遠い国から来ました」
衛兵は林帆の服装と、よれよれの旅装束を見て、少し同情したようにうなずいた。
「ならば、町長のところへ行け。仕事を斡旋してくれるかもしれない」
町の中は石畳の道。木造の家々が立ち並び、所々に井戸や小さな広場。活気はあるが、賑やかすぎない。いい雰囲気の町だ。
町長の家は、町の中央にある大きな石造りの建物だった。扉を叩くと、白髪の老人が出てきた。
「私は町長のエドガー。旅人か?」
「はい。働く場所を探しています」
「ちょうどいい。西の森で薬草の採取ができる者を探していた。日当は銀貨三枚。ただし、森には魔獣が出る。武器は持てるか?」
林帆は自分の腰に手をやった。剣はない。しかし、右手の紋章がかすかに熱を持つ。
「素手でも大丈夫です」
エドガーは驚いた顔をしたが、引き受けてくれた。
「明日の朝、町の西門で待っている。案内役の娘がいるから、彼女に従え」
その夜、町の宿に泊まった。ベッドは粗末だが、野宿よりは何倍もマシだ。
「久しぶりに布団の上で寝るね」
ヨルが嬉しそうに寝転がる。林帆もつられて笑った。
「ああ。明日からまた働きだ」
彼は窓の外を見た。空には星。でも、以前のように力は感じない。ただの星だ。
「力がなくても、生きていける。それを証明したい」
翌朝、西門に向かうと、そこには一人の少女が立っていた。十五、六歳。赤い髪をポニーテールにし、目はくりっとした緑色。腰には短剣。
「あなたが新しい採取係? 私はミラ。今日からよろしく」
「林帆です。こちらはヨル」
「よろしく!」
ミラは明るく、森の中を軽やかに進む。道中、薬草の見分け方や、魔獣に出会った時の対処法を教えてくれた。
「この森には“毒キノコ”と“癒し草”がよく似ているから注意して。間違えると大変だから」
林帆は真剣に聞き、覚えた。
その日は無事に薬草を採取し、町に戻った。日当の銀貨三枚を受け取り、宿代を払っても少し余る。
「これでしばらくは生きていける」
その夜、彼はヨルと今後の計画を話し合った。まずはこの町で生活の基盤を築く。そして、この世界のルールを学ぶ。
力はなくても、知恵と経験はある。
それが、彼の武器だ。
新しい世界での生活が、こうして静かに始まった。




