氷の底
氷の荒野を歩き続けること、また二日。
風はますます強くなり、吹雪が視界を遮る。林帆はヨルの手を強く握り、一歩一歩進む。防寒具は役立っているが、それでも体の芯は冷える。
「休もう。このままでは凍える」
彼は岩陰を探し、そこに腰を下ろした。右手の紋章から温かい光を放ち、二人の体を包む。
「ありがとう…でも、このままずっと頼ってはいられないね」
ヨルが自分の手を見つめる。彼女も少しずつマナを扱えるようになっていた。かすかな光の粒が指先に浮かぶ。
「進歩しているじゃないか」
「でも、まだ戦うところまでは…」
「十分だ。無理はするな」
その時、遠くで地響きのような音。雪崩ではない。もっと規則的な音。
「何か来る」
林帆が立ち上がると、氷の平原の彼方から巨大な影が現れた。体長は十メートルはあろうか。全身が氷でできたトカゲ。四本足で這い、背中には鋭い棘。
「氷竜の一種だ。この辺りの主かもしれない」
老怪が声を潜める。
氷竜は林帆たちに気づき、ゆっくりと向き直った。目は青白く輝いている。
「通りたいだけだ。争うつもりはない」
しかし、氷竜は咆哮を上げ、口から冷気の息を吐いた。林帆はヨルを抱きかかえて横に飛ぶ。冷気が岩を凍りつかせる。
「やるしかないか」
彼はヨルを安全な場所に隠し、一人で氷竜に向かって走り出した。右手から虹色の光を放ち、竜の顔面に直撃させる。しかし、氷の装甲は厚く、軽いひび割れが入った程度。
「効かない…ならば」
林帆は接近戦に切り替えた。竜の足元に潜り込み、拳を叩き込む。一撃、二撃、三撃。虹色の光が炸裂するたびに、氷の欠片が飛び散る。
竜が咆哮を上げ、尻尾を振り回した。林帆はかわしきれず、背中に受けて吹き飛ぶ。
「がはっ!」
雪の上に倒れ、口の中に鉄の味。
「林帆さん!」
ヨルが叫ぶ。彼女は自分のマナを護符に集中させ、光の弾を放った。弾は竜の目に直撃し、竜が怯む。
その隙に林帆は立ち上がり、全ての力を右手に集中させた。星の力、マナ、三力。すべてを融合させ、虹色に輝く拳を竜の頭部に叩き込んだ。
ばりん。
氷の装甲が砕け、竜は大きくよろめいた。そして突然、その場に伏せた。
「もう…いい」
かすかな声。竜が話した。
「お前の力は本物だ。通れ」
氷竜は体を横たえ、道を譲った。林帆は戸惑いながらも、ヨルを連れてその前を通り過ぎた。
振り返ると、竜は静かに雪の中へ溶けていくように消えた。
「今のは…」
「氷竜もこの世界の一部。歪みではなく、ただ自分の縄張りを守っていただけだ」
老怪が説明する。
それから更に一日。氷の荒野は終わり、目の前にそびえ立つ氷の山脈が見えた。
「これが…氷の山脈か」
頂上は雲に隠れ、どこまで続くのかわからない。登る道は険しく、滑りやすい。
「登るしかないな」
「うん」
二人は手を繋ぎ、登り始めた。
山の中腹まで来たとき、突然地面が揺れた。雪崩かと思ったが、違う。足元の氷が割れ、深い穴が現れた。
「危ない!」
林帆はヨルを突き飛ばし、自分は穴に落ちた。
「林帆さん!」
ヨルの叫び声が上から聞こえる。彼は暗闇の中で体を動かした。幸い深さは五メートルほど。怪我はない。
「大丈夫! 上からロープを垂らしてくれ!」
すぐにヨルがロープを投げ入れた。林帆はそれを掴み、這い上がろうとしたその時、穴の奥からかすかな光が見えた。
「何だ?」
老怪が言う。「行ってみろ。何かあるかもしれない」
林帆はヨルにちょっと待つように伝え、穴の奥へ進んだ。
十歩ほど歩くと、そこは小さな氷の部屋だった。壁には無数の文字。中央に氷の台座。その上に、一振りの短剣。
氷でできた短剣。しかし内部に虹色の光が宿っている。
「これは…」
「根源の力の一片だ。あなたが持っている黒い石と同じ種類の力だが、こちらは歪んでいない」
林帆は短剣を手に取った。ずしりと重いが、手に馴染む。
「これを使ってさらに強くなれる」
彼は短剣を腰に差し、穴を這い上がった。
「見つけたの?」
「ああ。これでまた少し、強くなれた」
ヨルが微笑む。二人は再び登り始めた。
山頂はまだ遠い。しかし、確実に前に進んでいる。
夜が来て、二つの月が空に浮かぶ。この世界の北でも、月は美しい。
林帆は短剣を抜き、虹色の光を眺めた。
これは、新しい力を示す光。
まだまだ続く、長い旅の、一つの節目。
そう信じて、彼は目を閉じた。




