氷の荒野
町を出てから三日。
風景は一変した。草原は終わり、足元は凍てつく地面。草一本生えていない。風は冷たく、時折雹が降る。
「この世界の北も、前の世界と同じくらい寒いな」
林帆は防寒具をしっかりと着込み、ヨルの手を引いて歩く。彼女の月の護符は温かい光を放ち、二人を包む。
その時、遠くからかすかな鳴き声。雪原の彼方に、白い影が数匹。
「何だ?」
近づくと、それは白い毛に覆われた狼。しかし今まで見た狼より大きく、目は金色に輝いている。
「氷狼だ。普通の狼より賢く、群れで行動する」
老怪が警告する。
狼たちは林帆たちを囲むように散らばった。五匹。一匹だけ特に大きく、毛並みも違う。ボスだ。
「通りたいだけだ。襲うつもりはない」
林帆が言うが、狼たちは退かない。ボスが遠吠えを上げ、同時に襲いかかる。
林帆はヨルを背にかばい、右手の紋章から虹色の光を放った。光が狼の一匹に当たり、悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
しかし、数が多く、四方から同時に噛みつかれる。
「ちっ…!」
彼は瞬時にマナの盾を作り、狼の牙を防ぐ。その隙に別の狼が飛びかかる。
「甘い!」
林帆は盾を解除し、そのまま拳を叩き込んだ。虹色の光が炸裂し、狼は気絶する。
残るはボスだけ。ボスは低く唸り、じっと林帆を見つめている。
「どうした? 来ないのか?」
ボスは突然座り込み、鳴き声を上げた。それは攻撃ではなく、何かを訴えるような声。
「もしかして…助けを求めている?」
林帆が近づくと、ボスは自分の後ろ足を見せた。深い傷。魔獣に噛まれた跡。
「怪我をしているのか」
彼はしゃがみ込み、右手からかすかな虹色の光を放ち、傷に当てた。光が傷を癒し、徐々に塞がっていく。
ボスは痛みに震えたが、逃げない。
「よし、これで大丈夫だ」
立ち上がると、ボスは頭を下げ、遠吠えを一つ。他の狼たちも起き上がり、ボスの後に続いて去っていった。
「助けたのか?」
「襲われたのは初めてじゃないけど、助けたのは初めてだ」
ヨルが笑う。
「やさしいね」
「ただの気まぐれさ」
二人は歩き続けた。
その日、氷の洞窟を見つけ、そこで野宿することにした。洞窟の中は思ったより広く、風をしのげる。
焚き火を囲みながら、林帆は黒い石を取り出した。石は冷たいが、かすかに脈打っている。
「この石は…まだ何かを知っているのかもしれない」
「使うの?」
「いや、まだ早い。もっと情報が必要だ」
彼は石をしまい、地図を広げた。北の果てまでは、あと十日ほど。
「この先に氷の山脈がある。そこを越えれば、神殿はもうすぐだ」
「大変そう…」
「ああ。でも、やるしかない」
その夜、彼は夢を見た。
真っ白な世界。そこに立つ一人の女。銀色の長い髪、白いドレス。
「来なさい。私の待つ場所へ」
女の声が響く。そして、彼女は指を北に向けた。
目を覚ますと、ヨルが心配そうに覗き込んでいた。
「うなされてたよ。大丈夫?」
「ああ…ただの夢だ」
しかし、その夢は妙にリアルだった。
翌朝、二人は洞窟を出て、さらに北へ歩いた。
空は曇り、時折雪が舞う。足跡はすぐに消える。
「羅針盤がなくても、この紋章が道を示してくれる」
右手の紋章は、かすかに北へ引っ張られる感覚。
「もうすぐ…何かが始まる」
林帆は拳を握りしめ、歩みを早めた。




