歪みの村
古代遺跡を後にしてから二日。
林帆とヨルは、コンパスの針が示す西へ向かって歩き続けた。森は次第に疎らになり、代わりに荒れた畑や倒れた家々が見え始める。
「何かあったのかな…」
ヨルが不安そうに呟く。
近づくと、それは小さな村だった。しかし、人の気配がしない。井戸は枯れ、畑の作物は黒く腐っている。
「誰かいませんか?」
林帆が声をかけると、一軒の家の戸が少し開き、年老いた男が顔を出した。
「旅人か…早く立ち去れ。この村は呪われている」
「呪われている?」
「数ヶ月前から、村中のマナが枯れ始めた。作物は育たず、子供は次々と熱を出す。もうすぐ終わりだ」
林帆はコンパスを見た。針は村の中央、古い井戸の方角を強く指している。
「井戸の中に何かあるのかもしれない」
「行ってみるか?」
老怪の問いに、彼はうなずいた。村長に頼み、ロープを借りて井戸の中へ降りることにした。
深さは十メートルほど。底に着くと、かすかな紫色の光。そこに、拳ほどの大きさの黒い球体が浮かんでいた。歪みの精霊だ。しかし前回より小さい。
「お前も…消えろ」
林帆が右手をかざすと、球体が震え、人の形を取る。しかし不完全。半分しか形作れていない。
「まだ…未熟なのか」
精霊が襲いかかるが、動きは鈍い。林帆は軽くかわし、マナと星の力を融合させた光の刃で斬りつけた。
一撃。精霊は悲鳴も上げずに消えた。
井戸の水が、ゆっくりと湧き出し始める。マナの匂いがする。
地上に上がると、村長が驚いた顔で迎えた。
「井戸の水が…元に戻った!」
「これで大丈夫だと思います。作物もそのうち戻るでしょう」
村人たちが次々と家から出てきて、林帆に感謝した。中に一人の少年が駆け寄る。
「すごい! お兄ちゃんは魔法使いなの?」
「まあ、そんなところだ」
林帆は軽く笑い、少年の頭を撫でた。
その夜、村で一番大きな家に泊めてもらった。食事も振る舞われ、久しぶりに温かいシチューを味わう。
「お兄ちゃんはどこへ行くの?」
「西へ。まだやらなきゃいけないことがある」
「僕も大きくなったら、お兄ちゃんみたいになりたい」
林帆は少年の言葉に、少しだけ昔の自分を重ねた。誰もが強くなりたいと思う。その気持ちを忘れてはいけない。
翌朝、早くに出発しようと準備をしていると、村長が革袋を手渡してくれた。
「干し肉と果物です。道中で食べてください」
「ありがとうございます。大事に使います」
林帆はヨルと一緒に村を後にした。
コンパスの針は次は北西を示している。次の歪みは、森のさらに奥。
空には二つの月。青と赤。
歩きながら、林帆は右手の紋章を見つめた。虹色の光が静かに揺れている。
この世界にも、助けを必要としている人がいる。
ならば、少しでも役に立ちたい。
それが、強くなる意味の一つかもしれない。




