極北の砦
星の門を出てから五日。
風景は再び変わった。森は終わり、雪原が広がる。しかし以前の雪とは違う。地面は凍りつき、風は刃のように鋭い。空気が薄く、息をするのが少し苦しい。
「ここは…前の雪山よりもずっと北だ」
林帆は右手の甲の星紋章を見つめた。紋章がかすかに温かく、体を冷気から守っている。
「ヨル、大丈夫か?」
「うん…ちょっと寒いけど、平気」
彼女は月の護符を握りしめ、小さな光で体を包んでいる。
二人は黙って歩き続けた。話すことさえも寒さで辛い。
その時、視界の先に何かが見えた。石造りの巨大な壁。城壁だ。
「あれは…」
近づくと、それは廃墟だった。かつての砦。門は半分壊れ、壁には苔。しかし、砦の中心には大きな塔がまだ立っている。
「誰かいるのか?」
林帆が声をかけると、返事の代わりに塔の上から白い旗が振られた。
「入ってもいいぞ」
彼はヨルを連れて中に入った。砦の中は広く、石畳。雪が積もっているが、歩けないほどではない。
塔の入り口に、老人が立っていた。白い髭、青い目。分厚い毛皮のコート。
「旅人か? この辺りに来るのは珍しい」
「北を目指しています。ここは…」
「昔、北の国境を守る砦だ。今はもう誰もいない。私だけだ」
老人は二人を塔の中へ招いた。中は簡素だが、暖炉の火が温かい。
「なぜ一人でここに?」
「星を見るためだ。この砦は、この大陸で最も北にある。夜空が一番よく見える」
老人は窓を指さした。外はもう暗くなり始め、星が瞬いている。
「北へ行くと、何があるのですか?」
「そこには“星の海”がある。この世界の果てだ。海と言っても水ではない。星の光の海だ。渡った先には、何があるのか誰も知らない」
林帆は右手の紋章を見た。紋章が光っている。行くべきだと教えている。
「明日、そこへ行きます」
「無謀だ。多くの者が挑んだが、帰ってきた者はいない」
「それでも行きます」
老人はため息をつき、古びた地図を取り出した。
「これを持っていけ。星の海への最短ルートだ。ただし、途中に“氷の迷宮”がある。そこで道を間違えれば、永遠にさまようことになる」
林帆は地図を受け取り、礼を言った。
その夜、砦の一室で休んだ。ヨルは疲れてすぐに眠った。林帆は窓辺に立ち、星を見上げる。
これまで多くの試練を乗り越えてきた。まだまだ続く。でも、もう怖くない。
翌朝、早くに出発しようとした二人を見送りに、老人は門まで来た。
「気をつけて。そして…もし星の海の向こうで何かを見たら、教えてくれ。」
「約束します」
林帆は地図を片手に、ヨルと歩き出した。北へ。さらに北へ。
雪は深く、風は冷たい。しかし、彼の心は熱かった。
羅針盤も槍もいらない。右手の紋章が、全てを教えてくれる。
まだ終わらない。旅はこれからが本番だ。




