北への道
アストラムの広間を出てから、さらに一時間。
石版の地図に従い、北の扉をくぐると、そこは細い通路だった。天井も壁もなく、ただ両側を深い闇が覆っている。足元の光の粒だけが道を示す。
「この感じ…どこかで」林帆は以前、黒い霧の中で感じた吸魂鬼の気配を思い出した。しかしここには悪意はない。ただ静かな闇。
ヨルが月の護符をかざすと、闇がわずかに後退した。護符が闇を払う力を持っているらしい。
「便利なものだな、それ」
「うん。おばあさんに感謝しなくちゃ」
二人は慎重に進んだ。十分ほど歩いたとき、通路の先にぽつりと人影が見えた。
鎧を着た戦士。しかしこれまでのような敵意は感じられない。むしろ、佇んでいるだけ。
近づくと、戦士が口を開いた。
「よく来た。私はこの通路の守護者、しかし戦う気はない」
「では、何をしに?」
「お前たちに“過去”を見せる。それを乗り越えられるかどうか」
戦士が手をかざすと、林帆の目の前に映像が浮かび上がった。
幼い自分。両親がまだ生きていた頃。粗末な家で、三人で食事をしている。父の笑顔、母の優しい声。
「パパ、ママ…」
映像の中で、父が言った。「お前は強くなれ。どんなに辛くても、前に進め」
次の瞬間、映像は闇に飲まれた。両親はいない。自分だけ。
林帆の目から涙がこぼれた。しかし、すぐに拭った。
「見せてくれてありがとう。でも、もう大丈夫。俺は前に進むと決めたから」
戦士はうなずいた。
「立派だ。お前の心はもう過去に縛られていない。通れ」
通路の闇が晴れ、視界が開けた。目の前には巨大な扉。星の玉座と刻まれている。
「ここが…最深部か」
林帆が扉に手をかけると、重い音を立てて開いた。
中は円形の広間。天井はドーム状で、無数の星がまたたいている。中央に、星でできた玉座。そこに座る者を待っているかのように、光を放っている。
「ヨル、少し待っていて。一人で行く」
「うん。気をつけて」
林帆はゆっくりと玉座に近づいた。座るだけでいい。アストラムはそう言った。
彼は深呼吸をし、腰を下ろした。
瞬間、星の光が彼を包み込み、意識が遠のいていく。
世界の真理。星の力の本質。そして、自分がこれから歩むべき道。
それが、一気に流れ込んできた。
気づくと、彼は玉座の前に立っていた。座っていたはずなのに。
「もう…いいのか?」
「十分だ。ここでの役目は終わった」
彼は振り返り、ヨルの方へ歩き出した。
「真理を手に入れたのか?」
「少しだけな。全てはまだ遠い。でも、次の目標は見えた」
彼はヨルの手を引いて、広間を後にした。
出口はもうすぐそこ。迷宮を抜ければ、また新しい世界が待っている。




