星の迷宫・深層
ルミナの広間を後にして、さらに階段を下りること十分。
空気が変わった。重く、冷たい。しかしその中に、かすかな星の香り――リンゴのような甘い匂いが混じっている。
「ここが…次の階層か」
目を開けると、そこは無数の星が浮かぶ空間だった。床はなく、足元には輝く光の粒。まるで宇宙の一部に立っているかのよう。
「落ちないの?」ヨルが怖がって林帆の袖を掴む。
「大丈夫。しっかり踏みしめていれば」
彼が一歩を踏み出すと、光の粒が波紋のように広がった。
その時、正面から声がした。
「よく来た。よくぞここまで」
声の主は、銀色のローブをまとった老人。長い髭を蓄え、手には星を模した杖。目は深い知識の光を宿している。
「私はこの階層の管理者、アストラム。星の迷宮の真髄を守る者だ」
「あなたに何か試練を課されるのですか?」
「いや。お前たちはもう十分に試練を乗り越えた。ここでは、私と“対話”するだけでいい」
アストラムは杖を地面に突き、周囲の星々を一つひとつ指さした。
「この迷宮は、かつて星を崇拝する修行者たちが作った。彼らは星の動きを読み、運命を予知し、さらには星の力を己のものとした」
「その力は…どこから来るのですか?」
「星の力は、本来この世界の外にある。しかし強い願いを持った者のもとへ、星は自ら降り立つ。お前の手にある氷の剣も、お前の強い意志が呼び寄せたものだ」
林帆は氷の剣を見つめた。確かに、この剣を手にした経緯を思うと、偶然ではないような気がする。
「これからお前は、さらに多くの星の力を必要とするだろう。ならば、私の話を覚えておけ」
アストラムは杖を掲げ、星の光を一点に集めた。その光は林帆の額に吸い込まれる。
瞬間、膨大な知識が流れ込んできた。星の読み方、力を引き出す呪文、そして――この世界の隠された歴史。
「これで…お前はもう一人前の星使いだ。ただし、力を過信するな。星は時として冷酷だから」
アストラムの姿が徐々に薄れていく。役目を終えたのだ。
「最後に一つ。この迷宮の最深部には、“星の玉座”がある。そこに座す者は、この世界の真理に触れることができる。ただし、代償も大きい」
「代償?」
「それを知るのは、そこに至った者のみ。さあ、行け。私の役目は終わった」
アストラムの姿が完全に消え、代わりに床に小さな星の石版が残された。
林帆はそれを拾い上げた。石版にはこの迷宮の完全な地図と、星の玉座への道筋が記されている。
「これで迷わずに済む」
彼はヨルの手を引き、次の扉へ向かった。扉には三つの星が輝いている。それぞれ北、東、西の方角を示している。
「まずは北へ。そこが最短ルートだ」
二人は扉を押し開け、次の階層へと進んでいった。
背後からアストラムの声がかすかに聞こえた気がした。
「星の加護があらんことを」




