狙いを定めて
あれから七日。
林帆は毎日、洞窟の壁に向かって手をかざし続けた。朝から晩まで。指が痺れ、掌の皮が何度もむけた。
パチン。パチン。パチン。
乾いた音だけが洞窟に響く。的には当たらない。しかし、徐々に感覚がつかめてきた。
「力を込めるな。流すんだ。水がじわじわと染み込むように――」
老怪の言葉を胸に、彼はもう一度手を上げた。
今度は、力を抜いた。何も考えずに、ただ闘気が水霊根を通り抜けるのを感じる。そして掌を抜けたそれが、自然と前方へ――
パン!
的の中心に、小さな穴が開いた。
「……当たった」
彼は自分の手を見つめた。三メートル先の岩壁に、指先ほどの大きさのえぐれ。確かな手応え。
「やっとか」
老怪も満足げだった。「まだ威力は豆粒ほどだが、これでお前は“何かを飛ばせる”人間になった」
林帆はもう一度、連続で放ってみた。二発目は外れた。三発目はかすった。しかし、四発目はまた当たった。
不完全だった。しかし、確実に進んでいた。
その日、彼は久しぶりに洞窟の外へ出た。食料が尽きかけていたのだ。腐れ森の縁を歩きながら、食べられる野草を探す。
そのときだった。
ドゴォッ!
遠くで爆発音がした。木々がなぎ倒され、黒い煙が上がる。
林帆は反射的に茂みに飛び込んだ。息を殺して様子をうかがう。
そこには二人の人間がいた。一人は青いローブをまとった男。もう一人は黒い甲冑の大男。二人とも林帆の比ではない圧倒的な力を放っている。
「渡せ! それは我々のものだ!」
「ふん、ただの雑魚がよく言う」
一瞬の交錯。次の瞬間、青いローブの男が吹き飛ばされた。血しぶきが舞う。黒い甲冑の大男は、手にした宝玉を軽く見つめた。
「これで三つ目か。残りはあと七つ……」
大男は林帆の隠れている茂みを一瞥したが、興味なさそうに背を向けた。そのまま闇に消える。
しばらくして、林帆は震える膝を抱えて立ち上がった。
死体は残っていなかった。血だけが、黒く地面に染みていた。
「あれが……修行者か」
彼は初めて知った。この世界には、自分よりはるかに強い者がごろごろいること。そして、彼らにとって命は木の葉のように軽いこと。
洞窟に戻る道すがら、彼は一言も話さなかった。
その夜、いつものように練習を始めた。しかし手が震えて的に当たらない。
「怖いか」
老怪が静かに言った。
「……怖いです」
林帆は初めて、自分の弱さを素直に認めた。
「それでいい。怖がらなければ、人間は長く生きられない。だがな――」
老怪の声が少しだけ優しくなった。
「怖いからといって立ち止まれば、次の日に食われるのはお前だ。動け。足が震えていても、手を上げろ」
林帆は歯を食いしばった。そしてもう一度、的に向かって手をかざす。
パン。
二メートル先。的のど真ん中。
「……もう一発」
パン。
さらに遠く、五メートル先。かすったが、外れてはいない。
恐怖は消えなかった。しかし、その向こうに進む術を、彼はこの夜、ようやく学び始めたのだ。




