北の国境
塔を離れてから五日。
荒野は終わり、今は疎らな松林が広がっている。地面は凍り始め、吐く息が白く染まる。
「寒くないか?」林帆が振り返ると、ヨルはぶるぶると震えながらも首を振った。
「だ、だいじょうぶ…」
彼は自分の外套を脱いで彼女の肩にかけた。ヨルは少し驚いた顔をしたが、黙って歩き続ける。
その日、彼らは小さな関所に辿り着いた。木造の粗末な門。二人の衛兵が退出する旅人を調べている。
「ここから北は外国だ。通行証は持っているか?」衛兵の一人が無愛想に尋ねる。
林帆は首を振った。そんなものは持っていない。
「では通れない。戻れ」
その時、後ろから馬の蹄の音。見ると、白い馬に乗った一人の女騎士。銀色の鎧をまとい、腰には長剣。
「この者たちは私が連れて行く」
女騎士が衛兵に銀貨を投げる。衛兵はそれを受け取り、無言で門を開けた。
「さあ、来なさい」
林帆は迷ったが、ヨルの手を引いて門をくぐった。向こう側はまた違う風景。雪をかぶった山々が連なり、空はどこまでも青い。
「ありがとう…ところであなたは?」
「私はシグリッド。この国境の守護を任されている」
女騎士は馬から降り、林帆と同じ目線で話す。
「あなた、もしかして“三力同源”の修行者か?」
「よくご存知で」
「昔、私の師匠も同じ道を歩んでいた。もうずいぶん前に死んだけどね」
シグリッドは遠くを見つめ、少し寂しげな表情を見せた。
「北の国には“凍てつく神殿”という場所がある。そこに行けば、さらなる力を得られるかもしれない。ただし、道中は危険だらけだ」
「それでも行くつもりです」
「そうか…ならばこれを貸そう」
彼女は腰から小さなコンパスを外し、林帆に手渡した。
「これは“導きの羅針盤”。いつでも北を示す。それに、危険が近づくと赤く光る」
「こんな大切なものを…」
「いいから。お前たちが生き延びたら返せばいい」
シグリッドは軽く手を挙げ、馬を走らせて去っていった。
林帆は羅針盤を握りしめ、北を向いた。雪の山々がそびえている。
「行けるか?」彼がヨルに尋ねると、彼女はしっかりとうなずいた。
「あなたとなら」
二人は雪の道を歩き出した。足跡だけが、白い世界に二筋、続いている。
凍てつく神殿まで、あと十日。何が待っているのか分からない。しかし前を向いて進むしかない。
風が冷たい。それでも心は燃えている。
羅針盤の針は、しっかりと北を指していた。




