黒き瞳の少女
少女を背負って歩き続けること一時間。
ようやく小さな町の灯りが見えてきた。砦の町ほどではないが、幾つかの宿と門がある。門番は夜遅くに現れた二人を怪しんだが、銀貨を握らせると無事通してもらえた。
「宿は…あそこか」
彼は一番近くの宿に駆け込み、少女を部屋のベッドに寝かせた。女将が驚いた顔で覗き込む。
「これは酷い…何があったの?」
「分かりません。路上で倒れていたので」
嘘ではない。実際に彼女を最初に見つけたのは路上だった。
女将は温かいお茶とタオルを持ってきて、そっと少女の汗を拭った。しかし少女の目は閉じたまま。時折うめくだけで、起きる気配はない。
「医者を呼びましょうか?」
「いや、結構です。自分で何とかします」
林帆は女将を下がらせ、ドアに鍵をかけた。霊視で少女の全身を観察する。
体内は黒い靄で満たされていた。吸魂鬼のものと同じ。しかし彼女自身の霊気もかすかに残っている。完全に乗っ取られてはいない。
「どうすれば…」
「黒い靄を少しずつ引き出せ。お前の五行の力で浄化しながら」
老怪の助言に従い、林帆は少女の手を握り、火の力を極めて微量だけ流し込んだ。黒い靄は熱を嫌い、少し縮こまる。
彼はその隙に、靄の一部を吸い出した。手のひらに黒い玉となって現れる。
「これで…」
それを繰り返すこと十数回。一時間後、少女の体内の黒い靄は半分ほどに減った。
しかし林帆の方は疲労で額に汗が滲む。五行の力を細かくコントロールするのは、想像以上に神経を使う。
「休め。やりすぎるとお前の体がもたない」
「もう少しだけ…」
その時、少女の目が開いた。相変わらず真っ黒だが、少しだけ生気が戻っている。
「あなた…は…」
「起きたか。無理するな。まだ治療中だ」
「いや…もういい」
少女はかすかに首を振った。
「わたしは…もう助からない。この呪いは、自分の意志では止められない」
「呪い?」
「そう。『黒霧の呪い』。これをかけられた者は、いずれ吸魂鬼に変わる」
少女の声は弱々しいが、諦めにも似た静けさがあった。
「誰がお前にそんなものを…」
「分からない。気づいたら、もう…」
林帆は黙って彼女の手を握った。温かい。まだ生きている。
「諦めるな。俺は呪いを解く方法を探す」
「なぜ…」
「放っておけないからだ」
彼はそう言い切って、再び少女の手に火の力を流し始めた。
今度はさっきより強い熱。黒い靄が悲鳴を上げて縮む。
「少し痛いかもしれないが、我慢しろ」
少女は唇を噛みしめ、うなずいた。
その夜、林帆は眠らずに治療を続けた。夜明け前、少女の体内の黒い靄は完全には消えなかったものの、三分の二まで減っていた。
「これでしばらくは持つだろう」
少女はまた眠っていた。呼吸は安定している。
林帆は窓の外を見た。灰色の空が徐々に明るくなる。
この旅は、自分の修行だけでなく、誰かを救う道にもなるかもしれない。
彼は短剣を握りしめ、新しい一日を迎えた。




