覆面の剣士
女の剣が鞘を抜かれ、陽光に白く輝いた。
林帆は短剣を構えながらも、殺気は感じなかった。むしろ、試すような目つき。
「やるのか?」
「あなたが退かないなら、ね」
彼女が踏み込んだ。速い。風のように間合いを詰め、袈裟懸けに一閃。
林帆は調和の剣で受け止める。カンという甲高い音とともに、痺れが腕を駆け抜ける。
「なかなか」
「まだまだ」
彼女はさらに二撃、三撃と連続で叩き込む。すべてを受けきったが、後ろに数歩下がっていた。
「ふうん…三力同源の使い手か。珍しい」
彼女が初めて感心したような声を出した。
「どこでそれを覚えた?」
「この森の中で」
「なるほどね」
女は剣を収めた。戦意が消えた。
「通っていいわ。ただし、一つの条件を呑みなさい」
「条件?」
「この先の“砦の町”で起きている失踪事件を調べてほしい。私はそれを追っているの。でも、一人じゃ手が足りない」
「なぜ俺に?」
「三力を使える人間は、普通の修行者より適応力が高い。それに――あなたの目は諦めていない」
林帆は少し迷った。しかし、このまま町に入っても、何が起こっているか分からない。協力するのも悪くない。
「分かった。ただし、無茶はしない」
「よし。私はリュウカ。よろしく」
「林帆です」
二人は並んで歩き出した。砦の町の壁が、だんだんと大きく見えてくる。
「町に着いたら、まずは情報収集からだ。失踪は主に夜、宿の外を歩いている人が狙われている」
「夜か…」
林帆は無意識に首の玉を握った。もしかすると、これが関係しているかもしれない。
町の門に着いたとき、日はもう傾きかけていた。門番が二人を一瞥し、無言で通す。
中は意外と活気があった。屋台が並び、人々が行き交う。しかし、よく見ると皆、どこか慌ただしい。
「宿を取ろう。日が暮れる前に」
リュウカに連れられ、古びた宿屋に入る。女将は渋い顔をしたが、金貨一枚でにっこり笑った。
部屋に通され、林帆は窓から外を見た。日が完全に沈めば、犯人が動き出す。
「今夜は俺が外を見張る。あなたは休んでいてください」
「協力するって言ったでしょう。私も行きます」
リュウカはフードを深くかぶり直し、剣を握りしめた。
外は暗くなり、街灯がぼんやりと道を照らしている。二人は宿の屋根の上に身を潜め、息を殺した。
深夜二時。
かすかな物音。道の向こうから、一人の男がふらふらと歩いてくる。酔っ払いか。
次の瞬間、道端の影が突然動いた。人の形をした黒い影が、男に覆いかぶさる。
「今だ!」
林帆とリュウカが同時に飛び降りた。
影は彼らに気づき、男を放り出して路地へ逃げ込む。
「追え!」
二人は暗い路地を駆け抜けた。影は素早いが、三力を使う林帆はすぐに追いつく。
行き止まりで、影が振り返った。
それは人の形をしていたが、目はなく、口だけが大きく開いている。
「なんだ、ありゃ…」
「吸魂鬼だ。人の魂を吸って生き長らえる化物」
リュウカが剣を抜いた。「私が引きつける。あなたは背後から――」
しかし、吸魂鬼は先に動いた。鋭い爪がリュウカの首を狙う。
林帆は調和の剣に五行の炎を込め、横合いから斬りつけた。
シューッ。
触れた瞬間、吸魂鬼は悲鳴を上げて弾け飛んだ。黒い煙となって消える。
「…終わったのか?」
「こいつは分身のようだ。本体は別の場所にいる」
リュウカは地面に落ちていた黒い欠片を拾い上げた。
「これが手がかりになる。とりあえず今夜はここまで」
林帆は欠片を見つめた。かすかに霊気を放っている。これもまた、何かの力の一部なのだろう。
その夜、彼は眠れなかった。
この世界には、まだ見たことのない存在が溢れている。
それらと向き合うために、もっと強くならねば。




