荒野の宿場
荒野を歩き続けること二日。
周囲には相変わらず何もない。枯れ草と風化した岩だけ。たまに遠くで獣の影が見えるが、近づいてはこない。
「そろそろ水が尽きるな」
林帆は革袋の残量を確認した。あと一口分。このままでは明日には喉を潤せなくなる。
その時、かすかに煙が見えた。地平線の向こう。焚き火の煙ではない。もっと細く、まっすぐに立ち昇る。
「人の住処だ!」
彼は歩調を速めた。一時間ほど歩くと、ぽつんと一軒の建物が見えてきた。石造りの、粗末な宿場。周囲には壊れた馬車の残骸。
「まだ使われているのか?」
近づくと、入り口の戸に『宿・荒野の休息』と彫られていた。看板は錆びて傾いているが、中からは人の気配。
彼が戸を叩くと、がらりと中から老女が出てきた。しわくちゃの顔、しかし目は鋭い。
「あらまあ、珍しいお客さんだね。こんな辺境にくる奴は十年ぶりさ」
「水をいただけませんか?お金は…」
林帆は獣人から奪った銀貨を取り出した。荒野ではまだ通用するかどうか分からない。
「いいよいいよ、そんなの。座んな、あったかいもんを出してやる」
老女は林帆を中に招き入れ、スープとパンを出した。スープにはかすかな薬草の香り。霊気は含まれていないが、体が温まる。
「婆さん、ここから一番近い町はどこです?」
「北へ二日行ったところに『砦の町』があるよ。昔は軍隊がいたが、今はただの交易の拠点さ。ただし――」
老女は声を潜めた。
「最近、その辺りで変な噂が立ってるんだ。夜になると人影が消えるってな」
「消える?」
「そう。夜道を歩いていると、突然人はいなくなる。連れ去りか、それとも…まあ、気をつけな」
林帆はうなずいた。今の自分なら、普通の人間相手なら問題ない。しかし、何かがいるかもしれない。
その夜、彼は宿の一室で野宿よりはましな眠りについた。
翌朝、早くに出発しようとしたとき、老女が声をかけた。
「坊や、これを持っていきな」
布に包まれた乾いた肉と、小さな革袋。水だ。
「ありがとうございます。必ず返しに来ます」
「いいんだよ。ここを訪れる旅人が減って、寂しかったんだから」
林帆は頭を下げ、再び北へ向かって歩き出した。
荒野の向こうに、うっすらと壁のようなものが見える。あれが『砦の町』だろうか。
しかし、その手前に立ちはだかる影。一人の女。
深いフードをかぶり、顔は見えない。しかし、腰には細身の剣。
「あなた…」
「あら、珍しいわね。こんなところを通るなんて」
女の声は若く、少し挑発的だった。
「ここから先は危険よ。戻ったほうがいい」
「用事があるので、通してください」
「ふうん…」
女は剣の柄に手をかけた。
「じゃあ、実力で通ってみせなさい」




