旅立ちの朝
あの決闘から十日。
林帆は小屋での最後の日々を、後片付けに費やした。使えそうな道具を収納指輪に詰め込み、古地図と日記を丁寧に布で包む。調和の剣は腰に、玉は首から下げた。
「本当に行くのか?」
老怪の問いに、彼は静かにうなずいた。
「ここでこれ以上修行を続けても、もう頭打ちだ。この森の外には、もっと大きな世界が広がっている」
彼がかつてあの青い男から感じた圧倒的な力。それは、この森の中では決して得られないものだ。ならば、自分から出ていくしかない。
小屋の外に出ると、朝日がちょうど昇るところだった。金色の光が森の霧を溶かし、新しい一日を告げている。
「長い間、お世話になりました」
彼は小屋に向かって一礼した。粗末な屋根と壁。しかし、ここで彼は多くのことを学んだ。三力の基礎、五行の力、そして生き延びる術。
荷物を背負い、北へ向かって歩き出す。地図に記された最も古い道――かつて修行者たちが行き交ったという街道の跡。
森が終わり、視界が開けたとき、目の前に広がっていたのは荒涼とした荒野だった。ところどころに枯れ木と、風化した岩。
「ここが…外の世界か」
林帆は広がる景色に息を呑んだ。今まで暮らした森とは全く違う。何もない、しかしそこに無限の可能性を感じさせる。
その時、遠くから複数の足音が聞こえた。馬上の人影。三つの影。
「人が…来る」
彼は警戒して短剣の柄に手をかけたが、そのままじっとしていた。
馬が近づき、三人の男が林帆を見下ろす。粗末な旅装束。腰には剣。商人か、あるいは小さな傭兵団か。
「おい、少年。こんな辺境で何をしている?」
「…旅です。北へ向かっています」
「ふん。この先はしばらく宿もないぞ。気をつけろ」
男たちはそれだけ言い残し、馬を進めた。
林帆はその後ろ姿を見送りながら、ふと気づいた。自分は今、始めてこの世界の「普通の人々」と接触した。敵ではない。ただの通りすがり。
「これからは、こんな出会いが増えるな」
彼は歩みを再開した。空はどこまでも青く、荒野はどこまでも広がっている。
まだ見ぬ街、まだ見ぬ修行者たち、まだ見ぬ敵と友。
全てがこれからだ。
彼は首から下げた玉をそっと握った。これが自分を導いてくれる。そう信じて。




