屍の沼
北へ向かって三日。
森の様子が再び変わり始めた。木々は枯れ、地面は黒ずみ、ところどころに水たまりができている。空気は重く、息をするだけで胸が締め付けられる。
「これは…毒か?」
「ああ。腐った植物と死んだ魔獣が混じり合って、沼地になったんだ。長く居れば体に障る」
林帆は衣服で口と鼻を覆い、慎重に歩を進めた。霊視を使うと、この辺りの霊気は濁っていて、ほとんど役に立たない。
突然、足元が柔らかくなった。ぬかるみだ。
「しまった…」
体が沈み始める。彼はすぐに周囲の枯れ木の根を掴み、何とか体を支えた。しかし、ぬかるみは執拗に足を引きずり込もうとする。
「三力を使え! 血脈の熱で地面を硬化させろ!」
林帆は左足に血脈の熱を集中させ、足元の泥を一時的に固めた。その隙に、勢いよく体を引き上げる。
どさり。
よろよろと岸に這い上がり、息を切らした。
「あぶなっ…」
「この沼は、油断すればすぐに飲み込まれる。慎重に行け」
彼はさらに迂回して、沼の縁を伝うことにした。水たまりを避け、固そうな地面を選んで一歩一歩。
一時間後、沼の中央に異様なものを見つけた。枯れた大木。その根元に、ぽつんと人の背丈ほどの石碑。
近づいてみると、石碑には古い文字が刻まれている。
『ここに眠るは五行の守護者。神殿を汚す者には呪いあれ』
「守護者…つまり、この石碑が神殿への道を示しているのか?」
林帆は石碑の周りを調べた。すると、石碑の裏側に小さな凹み。そこに玉片を当てはめてみる。
がこん。
石碑の下から石の箱が現れた。中には、一枚の古びた札と、小さな地図。
『五行の神殿は、この沼の真下にある。入り口は五日目に一度だけ現れる。次の機会は――明日の夜明け』
「明日の夜明け…つまり、あと半日しかない」
林帆は地図を見て、現在地を確認した。石碑から北東へ二百メートル。そこが入り口の位置らしい。
しかし、そこに行くにはこの毒沼を渡らねばならない。迂回路はない。
「どうする?」
「沼を渡るしかない。しかし、その前に…」
彼は周囲の枯れ木を集め、簡単な筏を作り始めた。太い枝を縦に並べ、つるで固定する。大きさは人が一人乗れるかどうか。
出来上がった筏を沼に浮かべ、慎重に乗り込んだ。棒で底を突きながら、ゆっくりと進む。
五分、十分、十五分。
途中、沼の中から何かが筏にぶつかる音がした。見ると、腐った獣の死体が浮かんでいる。目玉はなく、口だけがぱっくりと開いていた。
林帆は息を呑み、棒で押しのけた。
二十分後、ようやく目的地に到着した。そこは沼の中にぽっかりと開いた、乾いた土地。中央に石の扉。周囲を古代の文字が巡っている。
「ここだ…」
彼は扉の前に立ち、五つの凹みを確認した。それぞれに五行の印。
玉片から学んだ「結界破りの術」を使う時が来た。
彼は深呼吸をし、両手を扉にかざした。火、土、金、水、木。順番に霊力を注ぐ。
扉が、ゆっくりと開き始めた。




