逃げ切り、そして次へ
あの湖底での戦いから三日。
林帆は小屋にこもり、傷の手当てに専念した。太もものかすり傷はもう塞がっているが、背中の打撲はまだ痛む。凝血丹を半分使ってどうにか応急処置を終えた。
「しかし、よく生きて帰れたな」
老怪も感心したように言う。
「あの男の霊力は、お前の比じゃなかった。結界の水がなければ、今頃お前は湖の底で冷たくなっていた」
林帆はうなずく。恐怖はある。しかし、それ以上に「次は負けない」という思いが強い。
四つ目の玉片は、既存の三つと完全に一体化した。今や掌一杯の大きさ。表面に浮かぶ文字はさらに細かく、まるで生き物のようにうごめいている。
『結界破りの術――五行の力を操り、万物の障壁を断つ。ただし、使用には大量の霊力を要す。初心者は一日に一回が限界』
「一日一回か…切り札としては十分だ」
彼は早速、その術を試してみることにした。小屋の外に出て、適当な岩を前に手をかざす。
五行の順――火、土、金、水、木。それぞれのイメージを指先に乗せ、順番に岩に向かって放つ。
最初は何も起こらなかった。しかし五回目の「木」を放った瞬間、岩の表面にかすかなひび割れが入った。
「おお…」
「まだまだだ。岩を壊すのがやっとじゃないか」
それでも林帆は満足だった。この術を極めれば、あの湖の結界も、もっと強い障壁も打ち破れるかもしれない。
その日の夕方、霊視で遠くを探ると、青いローブの男がまだこの森の中にいるのが見えた。男は湖の周辺をぐるぐる回っている。おそらく、結界が修復されるのを待っているか、あるいは林帆の痕跡を探しているのだ。
「まだ諦めてないのか…」
「お前が玉片を持っている限り、奴は追ってくるだろう」
林帆は決断した。この小屋もいずれ見つかるかもしれない。もっと安全な場所、あるいは次の玉片のある場所へ移動する必要がある。
彼は古地図と日記を開き、五つ目の玉片の手がかりを探した。
『五つ目の玉片は、“五行の神殿”の最深部にあり。場所は――』
そこまで読んで、林帆の手が止まった。場所が記されている部分は、虫に食われてぼやけていた。
「読めない…」
「だが、五行の神殿なら、この森のどこかにあるはずだ。湖の結界も五行を使っていた。関連性は高い」
林帆は荷物をまとめ始めた。調和の剣、凝血丹、黒曜鉄鉱、銀葉参の根、そして玉片。他にもいくつかの薬草と、獣人から奪った革袋。
小屋のドアに鍵をかけ、最後にもう一度だけ振り返った。
「また戻ってくる」
彼は北へ向かって歩き出した。地図に記された最も古い遺跡の方角へ。
道すがら、何度か青い男の気配を感じたが、迂回してやり過ごす。今は戦う時ではない。
その夜、彼は大きな木の根元で火を起こさずに野宿した。短剣を握りしめ、寝ずの番をしながら、次の一手を考え続ける。
五つ目の玉片。それが全てを決める。
見つけ出して、この長い追いかけっこに終止符を打つ。
その決意だけを胸に、彼は冷たい地面に横たわった。




