調和の剣
井戸の底から手に入れた新しい短剣――林帆はそれを「調和の剣」と名付けた。
刃には青白い光が宿り、霊力を込めるとまるで生きているように反応する。旧い短剣と違い、力のロスがほとんどない。
「これなら長時間の戦闘でも持つかもしれない」
彼は早速、小屋の裏手で試し切りをした。太い木の幹を一振り――
すうっ。
刃が風を切る音すら立てず、木は静かに倒れた。切断面は鏡のように滑らかだ。
「見事なもんだ」
老怪も素直に褒めた。
その夜、林帆は日記を読み込んだ。そこには、かつて三力同源を目指した修行者たちの記録が詳細に綴られていた。
『第一の難関は“気脈の拡張”。通常の修行者は一本の気脈しか持たないが、三力を回すには最低でも三本必要だ』
「気脈…俺には何本あるんだ?」
彼は霊視で自身の体内を観察した。すると、胸の中心から手足へ伸びる細い線が見える。今までは気づかなかった。
「今のお前には、細いながらも五本の気脈が確認できる。ただし、そのうち三本はほとんど使われていない」
『気脈を拡張するには、毎日決まった時間、その脈に力を流し続けよ。痛みを伴うが、耐えねばならない』
その日から、彼は毎朝と毎夕、使われていない気脈に闘気を通す訓練を始めた。
最初の三日間は、針で刺されるような鋭い痛みが走った。七日目には鈍い痛みに変わり、十五日目にはほとんど気にならなくなった。
一ヶ月後、三本の気脈がしっかりと開通したのを確認する。
「これで三力を同時に違う経路で回せる」
試しに、一本目の気脈に闘気、二本目に霊力、三本目に血脈の熱を流し込む。それぞれが独立しながらも、胸の中心で交わる。
三力が、噛み合った歯車のように静かに回り始めた。
「これが…本当の三力循環か」
「そうだ。今までは全て同じ経路に無理やり詰め込んでいた。それが間違いだったのだ」
林帆はその状態を維持したまま、短剣を握った。刃が今までにない強さで輝く。
その時、霊視の端に何かが映った。小屋から東へ五百メートルほどの場所。人の形をした霊気の塊が、ゆっくりと移動している。
「誰か来る…」
彼はすぐに循環を止め、息を殺した。窓の隙間から外を覗く。
森の木々の間を、青いローブの男が歩いていた。以前、滝壺の前に現れたあの男だ。今回は、手に何か地図のようなものを持っている。
男は小屋の方を見向きもせず、北の方へ去っていった。
「またあの修行者か…何を探しているんだろう」
「この辺りの遺跡か、あるいはお前が持っている玉片か」
林帆は無意識に腰の布袋を押さえた。玉片は今や三つが合わさり、かなりの存在感を放っている。
「もっと慎重にならねば」
彼はその夜、小屋の周りに簡単な罠と警報装置を仕掛けた。獣よけの杭と、つるを張り巡らせた足絡め。
これで少しは安心だ。
そして、明日からはさらに修行の速度を上げる。気脈を六本、七本と増やしていく。いつかあの男に追いつくために。
彼は新しい短剣を枕元に置き、目を閉じた。疲労はあるが、心は満たされている。
調和の道は、ようやく始まったばかりだ。




