三度目の夜明け
それから十日。
林帆は洞窟にこもり続けた。老怪の助言を頼りに、闘気を水霊根へ流す訓練を繰り返す。一滴、また一滴……やがて、親指ほどの大きさの塊を動かせるようになった。
「次は……これを血脈に回す」
玉片の断片的な記述に従い、彼はその闘気の塊を胸の中心へゆっくりと押しやった。そこは両親が言っていた「血脈の入り口」。しかし生まれつき塞がっている。
当たって砕けろだ。
ごうっ――
耳鳴りがした。全身の血管が沸騰する感覚。痛みというより、熱い鉄を流し込まれるような灼熱感。
「ああああっ!」
気を失いかけたその瞬間、指先が冷たくなった。見ると、左手の甲にぼんやりと赤い線が浮かんでいる。血脈の兆し――否、ただのかすり傷ほどのものだが、確かにそこには力が宿っていた。
「やった……のか?」
声は掠れていた。全身から脂汗が吹き出している。しかし、確かな手応えがあった。
その夜、彼は初めて三つの力が一瞬だけ巡るのを感じた。闘気が霊根をくぐり、霊力が血脈を温め、血脈の熱が再び闘気を強くする。小さな循環。たった一秒にも満たない。
それだけで、彼は地面に崩れ落ちた。
「馬鹿者。無謀すぎる」
老怪の声が呆れていた。
「お前の体はゴミ同然だ。三つの力を同時に回せば、内臓が焼き切れるぞ。当面は一つずつにしろ」
林帆は息も絶え絶えにうなずいた。そして気づく――このままでは栄養が足りない。体が持たない。何か薬草か、獣の肉が必要だ。
翌朝、彼は久しぶりに洞窟を出た。目指すは「腐れ森」。低級の魔獣がうろつく危険な場所だが、薬草も自生している。
そこで彼を待っていたのは――三匹の毒々しい灰色の狼だった。
「ガアッ!」
一匹が飛びかかる。林帆は反射的に横へ転がった。指先に残るほんの一筋の闘気を右手に集中させる。
拳を振り抜く。
バチッ!
狼の頭が衝撃で逸れたが、致命傷にはならない。しかし二匹目が背後から襲いかかる――間に合わない。
死を覚悟したその瞬間、左手の赤い線が熱くなった。無意識に手をかざすと、かすかな熱風が狼の顔を直撃した。狼は悲鳴をあげて怯む。
その隙に林帆は走った。目も当てられないほどの全力疾走。洞窟に飛び込み、入口を岩で塞ぐ。
外では狼の遠吠え。心臓は破裂しそうだった。
「生きて……帰ってきた……」
彼は笑った。怖くて。情けなくて。でも――初めて自分が“戦えた”ような気がした。
それから彼は、少しずつだが確実に前に進み始める。食事を確保し、傷を癒し、あの小さな循環を延ばすために。
凡人でも、這い上がれる。
その思いだけを胸に、夜明けをもう一度迎えた。




