井戸の底
あの井戸を見つけてから三日。
林帆はその間、道具作りに没頭していた。長いつるを編んでロープにし、先端に黒狼の牙を括り付けた簡単な鉤を作る。
「これで何とか…」
井戸の蓋を開け、ゆっくりと鉤を下ろす。霊視で底の光る塊を確認しながら、慎重に位置を合わせる。
カツン。
小さな音。鉤が何かに引っかかった。
「よし…」
ゆっくりと引き上げる。重い。かなりの重量があるらしい。
五分ほどかけて、ようやくそれを井戸の外に引き上げた。
そこにあったのは――拳ほどの大きさの、真っ黒な石だった。表面は滑らかで、ところどころに銀色の鉱脈のような線が走っている。
「これは…」
「“黒曜鉄鉱”だ。しかもかなり純度が高い。武器や防具の素材になる」
林帆は石を手に取り、ずっしりとした重みを感じた。霊気を流してみると、かすかに熱を持つ。
「これで何か作れますか?」
「今のお前には無理だが、いずれ鍛冶を覚えればな。とりあえず取っておけ」
彼は黒曜鉄鉱を収納指輪にしまった。さらに井戸の底を探ると、他にも小さな鉱石の欠片がいくつか沈んでいる。
すべて回収し終えた頃、井戸の底から突然、冷たい風が吹き上がってきた。
「何だ?」
「下の空洞と繋がっているのかもしれん。今はまだ降りるな」
林帆は蓋を戻し、その場を離れた。帰り道、何度も井戸のことを考えた。あの風は自然のものではない気がする。
その夜、小屋の中で書物を読み返していると、『修行雑記』にこんな記述があった。
『この地域には、かつて修行者たちが使っていた地下通路がいくつか存在する。入り口は井戸や洞穴などに偽装されていることが多い』
「もしかして…あの井戸も?」
「可能性はある。だが、今のお前が探索するには危険すぎる。まずはもっと強くなれ」
林帆はうなずいた。欲を出して死ぬのはごめんだ。
それから十日間、彼は小屋の周辺で修行に専念した。三力循環の速度はさらに上がり、今では三呼吸で一周できる。血脈の赤い線はついに右肩を超え、背中へと広がり始めた。
「順調だ」
「ああ。そろそろ次の場所へ行ってもいい頃だろう」
地図を広げる。次に目を付けたのは、南にある“獣人の痕跡”。危険はあるが、何か得られるものがあるかもしれない。
林帆は短剣を腰に差し、黒曜鉄鉱と凝血丹を収納指輪にしまい、小屋のドアを閉めた。
「行ってきます」
誰に言うでもなく、そう呟いて、彼は南へ向かって歩き出した。




