青い影
あの青いローブの男が去ってから、三日が経った。
林帆はその間、滝の裏からほとんど出なかった。霊視で男の痕跡を探ったが、森の東の方へ消えたきり戻ってこない。
「もういいだろう。そろそろ動いても大丈夫だ」
老怪の言葉に、彼は慎重に外へ出た。念のため、滝壺から離れ、地図に記された次の場所へ向かうことにした。
北西。半日ほど歩いた場所にある「廃鉱」。
道すがら、彼はあの男の足跡を見つけた。新しいものではないが、かなりの体重があるらしく、地面に深く食い込んでいる。
「やはり同業者…修行者だな」
「ああ。お前よりも何段階も上だろう。下手に近づくな」
林帆は足跡を避けながら進んだ。二時間後、ようやく廃鉱の入り口に着く。
そこは、山肌にぽっかりと開いた横穴だった。入り口には腐った木の枠が残り、中は真っ暗だ。
「ここか…」
霊視で中を覗くと、奥からかすかな霊気の流れが漏れている。自然のものか、それとも誰かが残したものか。
「入るか?」
「はい」
彼は短剣を構え、慎重に一歩踏み入れた。
鉱内は思ったより広く、所々に支え柱が立っている。奥へ進むほど空気が冷たくなり、壁からは水滴がしたたっている。
十分ほど歩いたとき、行き止まりの壁にぶつかった。しかし、霊視ではその向こうに空間がある。
「偽装か…」
壁を調べると、一部の石が動かせることがわかった。押すと、がらがらと音を立てて奥へ開く。
そこには、一人の白骨化した遺体が座っていた。ボロボロの服をまとい、膝の上に分厚い本を載せている。
「修行者の遺骸か。かなり昔のものだ」
林帆は慎重に近づき、本を手に取った。ページは黄ばみ、一部は虫に食われているが、文字は読める。
『修行雑記――三界交鋒にて見聞きしたこと』
中には、この地域の霊草の分布、魔獣の生態、そしていくつかの遺跡の場所が記されていた。あの古地図よりも詳細で、しかも新しい情報も含まれている。
「これは…宝物だ」
「ああ。お前がこれから生きていくための道標になる」
林帆は本を収納指輪にしまった。さらに遺体の周りを探すと、腰に小さな瓶がぶら下がっていた。中には一粒だけ、赤い錠剤。
「凝血丹の完成品だ。お前が持っている半減したものとは比べ物にならない」
「いただきます」
彼は遺体に向かって手を合わせた。自分を助けてくれたこの人に、せめてもの礼。
廃鉱を出ると、外はもう夕暮れだった。帰り道、彼は本を開きながら歩いた。
『この地域で最も危険なのは、霊草が群生する“腐れ森の奥深く”。そこには獣人たちが住み着いているという噂がある』
「獣人…」
「お前が出会った黒狼のボスも、その端くれかもしれない。しかし、真の獣人は言葉を話し、武器も使う。今のお前では絶対に近づくな」
林帆は大きくうなずいた。欲張らない。今はまだ、手の届く範囲で精一杯やる。
その夜、滝壺のそばで本の内容を書き写しながら、彼は自分の未来を少しずつ描き始めていた。
次の目標は、三力循環をさらに安定させ、いよいよ「腐霊草」を使うこと。
そして、その先にあるものを見に行くこと。
眠る前に、彼はあの青いローブの男のことを思い出した。強い。あれが“普通の修行者”の姿なのか。
いつか自分も…いや、自分はもっと遠くへ行く。
その決意を胸に、彼は目を閉じた。




