新たな一歩
黒狼のボスを倒してから三日。
林帆はその間、滝壺での修行に専念した。傷はほとんど癒え、体内の三力循環はさらにスムーズになっている。今では七呼吸で一周できる。
「そろそろ金霊花を使う時だ」
老怪の助言で、彼は収納指輪から黄色い花を一株取り出した。金霊花――霊力を直接高める効果がある。ただし、使い方を間違えれば逆に気脈を傷める。
「まずは花びらを一枚だけ。噛みしめて、そのまま循環に乗せろ」
林帆は言われた通りにした。花びらは苦い。しかしすぐに、全身が熱くなる。循環が勝手に加速し始める。
五呼吸で一周。三呼吸で一周。そして――
一呼吸で一周。
その瞬間、体内の三色の光が一瞬だけ、ひとつの明るい光に変わった。
「今だ!その状態を覚えろ!」
林帆は必死に感覚を記憶しようとした。しかし、その光は三秒と持たなかった。循環は元の速度に戻る。
「どうだった?」
「一瞬だけ…三つが本当に一つになりました」
「それが“三力同源”の片鱗だ。この感覚を積み重ねれば、いずれ常時その状態を保てる」
彼は残りの金霊花を大事にしまった。今は一枚で十分だ。
その夜、滝の裏の壁にもう一度向き合った。体・気・神。この三つをさらに高める方法はないか。
壁の文字をもう一度読んでいると、以前は気づかなかった行が目に入った。
『体を極めし者は岩を砕き、気を極めし者は風を斬り、神を極めし者は万里を知る』
「神…つまり精神力を鍛えれば、遠くの物事も視えるようになるのか?」
「理論的にはな。お前の霊視もその一種だ。まだ数メートル先だが、いずれはこの森全体を視渡せるようになる」
林帆はその日から、神の訓練に時間を割くことにした。滝の裏で座禅を組み、徐々に視界を広げていく。
三日後、彼は洞窟から百メートル先の霊気の流れを視られるようになった。十日後には五百メートル。半月後には――
森の東の果てに、かすかながら人の形が見えた。
誰かがこっちに向かって歩いている。しかも、かなりの速度で。
「老怪、人が来ます」
「隠れろ。敵か味方かわからん」
林帆は滝の裏に身を潜め、息を殺した。
数分後、一人の男が滝壺の前に現れた。青いローブをまとい、腰には長剣。目つきが鋭い。
男は周囲を見回した後、滝壺の中を覗き込んだ。
「だれか、ここに住んでいたのか?」
独り言のように言い、しばらくして去っていった。
林帆は冷や汗をかいていた。あの男、自分よりはるかに強い。霊視で見ると、全身が強い光を放っていた。
「あれは…修行者なんですね?」
「ああ。お前が今まで見たどの存在よりも強力だ。まだ関わるな」
その夜、彼はなかなか眠れなかった。この森の中にも、自分以外の人間がいる。しかも、自分よりはるかに強い。
恐怖と同時に、闘志も湧いてきた。
いつか、あのレベルに追いつく。そして、追い越す。
その決意を胸に、彼は朝まで循環を回し続けた。




