薄明かりの視界
あれから五日。
林帆は毎日、二力循環の訓練を欠かさなかった。今では十五分で一周できるようになっている。体の表面には、かすかだが汗のような光の膜が浮かぶこともある。
「そろそろ“霊視”に挑戦してもいい頃だ」
老怪の言葉に、彼は洞窟の中央で胡坐をかいた。目を閉じ、循環をゆっくりと回す。そして、まぶたの裏の闇に意識を集中した。
最初は何も見えない。
しかし、循環が三周目に入ったとき――
かすかに、青白い靄が見えた。
「……見える?」
「どこがだ?具体的に」
「体中から、じわじわと何かが出ている気がする。水蒸気みたいに。そして、それが空中にも漂っている…」
老怪はしばらく沈黙した後、言った。
「お前…本当に“それ”が見えているのか?」
「ぼんやりとですが」
「ふん。凡人がこの短期間で霊視の入り口に立つとはな。やはりあの玉片と巻物の組み合わせは特殊すぎる」
林帆はゆっくりと目を開けた。視界はいつもと変わらない。しかし、目の端で何かがちらつく。見ようとすると消える。
「訓練を続けろ。いずれ常時見えるようになる」
その言葉通り、彼は毎日少しずつ“見える”時間を伸ばしていった。
三日後、ついに彼は決定的な瞬間を迎える。
洞窟の外で訓練していたとき、突然――空気中の青白い靄が、一本の細い線のように見えた。それは森の奥から流れてきている。
「あの線…何ですか?」
「霊気の流れだ。いわば“目に見えない川”。普通の人間には絶対にわからない」
林帆はその線を辿ってみることにした。藪をかき分け、倒木を越え、約一時間。辿り着いたのは、岩壁にぽっかりと開いた穴だった。
中は暗く、ひんやりとしている。しかし、霊気の線は確かにここから湧き出ている。
「入るか?」
「危険はある。しかし、この濃度ならお前でも耐えられるだろう」
彼はナイフを構え、慎重に中へ足を踏み入れた。
十歩進んだところで、足元が濡れているのに気づいた。地下水が染み出しているらしい。さらに奥へ――
突然、足が止まった。
目の前に、一株の小さな草が生えていた。銀色の葉っぱが三枚。うっすらと光を放っている。
「霊草だ!」老怪の声が弾んだ。「それも結構な代物。『銀葉参』の幼芽だ。このまま育てば何百年もの価値があるが、今の大きさでも、お前の循環を倍速にする効果があるぞ」
林帆は慎重に、根を傷めないように草を掘り起こした。布に包み、布袋にしまう。
その時だった。
洞穴の奥から、ごろごろという低い唸り声が聞こえた。
「…何かいる」
「逃げろ。今のお前では勝てない」
林帆は振り返らずに走った。出口が見えたとき、背後の岩が砕ける音がした。振り返る余裕はない。
洞窟の外に飛び出し、さらに百メートルほど走って、ようやく止まった。
息を切らしながら、彼は布袋の中の霊草を確認した。無事だ。
「何だったんですか、ありゃ…」
「岩蜥蜴の一種だ。お前の十倍は大きい。よく逃げられたな」
林帆は冷や汗を拭った。危うく初めての大怪我を負うところだった。
しかし、それでも手に入れたものは大きい。霊草の効果で、循環の速度が倍になるなら――
「これでまた一歩、前に出られる」
彼は笑った。怖かったが、得るものもあった。
洞窟に戻る道すがら、彼は何度も銀葉参の光を思い浮かべた。それが、自分の未来を照らす一筋の光のように感じられた。




