風の世界
潮の門をくぐって数秒。光が収まったとき、彼らは見知らぬ場所に立っていた。
そこは、どこまでも続く草原だった。しかし、風が強い。強すぎる。立っているだけで体が揺れる。
「ここは…」
林帆が目をこらすと、遠くに巨大な風車が見えた。高さは百メートルはあろうか。ゆっくりと回っている。
「風の世界か。この世界の主な力は、風だろう」
老怪の声が響く。
周囲には、草が風になびき、空には雲が速い速度で流れている。太陽は明るいが、地上は常に風が吹き荒れている。
「ヨル、大丈夫か?」
「うん。でも、すごい風だね」
彼女は月の護符を握りしめている。護符がかすかに光り、風を和らげている。
二人は風車を目指して歩き出した。風に向かって進むのは思ったより体力を使う。
三十分ほど歩いたとき、前方から人影が見えた。小さな影。こちらに向かって走ってきている。
近づくと、それは少年だった。十歳くらい。金色の髪が風に舞っている。
「旅人? ここは危ないよ! 今すぐ戻ったほうがいい!」
「どうして?」
「“風の獣”が来る。この辺りを吹き荒らすんだ。見えるうちに逃げないと!」
少年が言い終わる前に、空が暗くなった。巨大な影が地上を覆う。
林帆が上を見上げると、翼を持った大きな獣が旋回している。体長は十メートル以上。体は風そのもののように半透明で、目は青白く輝いている。
「あれが…風の獣か」
獣が急降下し、強烈な突風を巻き起こす。草がなぎ倒され、砂塵が舞う。
林帆は剣を抜き、ヨルと少年を背にかばった。
「下がっていろ!」
彼は剣に白い光を込め、風の獣に向かって振り抜いた。光の刃が空を裂くが、獣はかわし、さらに強風を放つ。
「物理攻撃は効きにくい…ならば」
彼は左手の杖を掲げ、星の力を集めた。風の力を読む。獣は風そのものだ。ならば、風と共に動けばいい。
林帆は目を閉じ、風の流れを感じた。獣が次にどこへ動くか、予測する。
「そこだ!」
彼は飛び上がり、剣を風の獣の中心に突き刺した。白い光が獣の体を貫く。
「ギャアアア!」
獣は叫び声を上げ、風の塊となって霧散した。
風が静まる。空が明るくなる。
「終わった…?」
少年が驚いた顔で林帆を見つめる。
「すごい…お兄さん、あの獣を倒したんだ!」
「たまたまだ。怪我はないか?」
「大丈夫!」
少年は笑顔を見せ、風車のある方向を指さした。
「俺の村はあそこだ。お礼に、夕飯をご馳走するよ!」
林帆はヨルと顔を見合わせ、微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
三人は風車へ向かって歩き始めた。風はまだ強いが、さっきよりはずっと穏やかに感じられた。




