白い砂浜の村
砂浜を歩き続けること一時間。
視界の先に、小さな集落が見えた。木造の家々が十数軒、海岸線に沿って立ち並んでいる。漁網が干してあり、何艘かの小舟が浜に引き上げられている。
「ここが、この世界の最初の村か」
林帆が近づくと、村の入り口で一人の老人がこちらを見つめていた。日に焼けた肌、白い髭。手には釣り竿。
「旅人か? 珍しい。この島に来る者は滅多にいない」
「島なんですか?」
「ああ。ここは“潮騒の島”。周囲は全て海だ。お前たちはどうやって来た?」
林帆は門の話をしようか迷ったが、簡潔に答えた。「向こうの大陸から、船で」
老人は疑わしそうな目をしたが、それ以上は追及しなかった。
「よかったら、村に泊まっていけ。ただし、夜になると海から“何か”が上がってくる。門は閉め忘れるな」
「何か?」
「見ればわかる。だが、見ないほうがいいかもしれん」
その夜、林帆とヨルは村人が用意してくれた空き家に泊まった。簡素だが清潔。窓からは月明かりに照らされた海が見える。
「“何か”って、何だろうね?」
ヨルが不安そうに尋ねる。林帆は剣を枕元に置きながら答えた。
「見ればわかる。でも、準備はしておこう」
深夜。海からかすかな唸り声が聞こえた。低く、響く。
林帆は窓の外を見た。月明かりの下、海から何かが這い上がってくる。人の形。しかし、全身が海藻で覆われ、目は青白く光っている。
「海の亡霊か…それとも」
彼は剣を手に取り、外へ出た。村人は誰もいない。皆、家に閉じこもっている。
林帆は剣を抜き、白い光を込めた。亡霊が振り返り、低い声を発する。
「生きた者…よく来た…」
「お前は何者だ?」
「私は…この海の声。長い間、独りだった。お前も、独りか?」
林帆は少し考えた。確かに、長い旅の間、孤独を感じることはあった。しかし、今は違う。
「いいや。俺には仲間がいる」
「仲間…いいな。私は、もう誰もいない」
亡霊は静かに海へ戻っていった。波が彼を飲み込み、あとは静けさだけが残った。
翌朝、老人に話を聞くと、彼は深くうなずいた。
「あれは、昔この海で嵐に遭い、死んだ漁師たちの霊だ。月明かりの夜に現れる。お前には優しく見えたようだが、普段は人を引きずり込もうとする」
「彼らは、ただ寂しかっただけかもしれない」
林帆は海を見つめた。青く透き通り、美しい。しかし、その底には多くの悲しみが眠っている。
「この村で、何かできることはありますか?」
「あんた、本当に優しいな。ならば、一つ頼む。沖合いに“沈没船”がある。そこに、昔の漁師たちの遺品が残っている。それを回収してくれれば、彼らの霊も成仏するかもしれん」
「引き受けます」
林帆は村人から小舟を借り、ヨルを連れて沖へ漕ぎ出した。海は穏やかだが、深いところは暗い。
十分ほど漕ぐと、海底に何かが見えた。船の残骸。
「潜るか?」
「うん。でも、気をつけて」
彼は深く息を吸い、水中へ飛び込んだ。水は冷たいが、三力循環で体温を保つ。
船の中に入ると、朽ちた箱が一つ。中には、錆びたコンパスと一枚の写真。漁師たちの集合写真だ。
彼はそれを手に取り、水面へ浮上した。
「見つけた?」
「ああ。これで、彼らも安らげるだろう」
村に戻り、遺品を海辺の祠に納めた。その夜、亡霊たちは現れなかった。
翌朝、老人が礼を言った。
「ありがとう。これで村も安心だ」
「いえ。こちらこそ、お世話になりました」
林帆とヨルは、村を後にした。次に目指すは、島の中央にあるという「星の神殿」。
剣は重く、杖は温かい。
新しい世界で、また一つ、小さな救いがあった。




