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「ごめんね! ジョシュア。待った?」
「いや、今さっき来たところだから」
不安な表情から、屈託のない笑顔に変化してゆく兄さんの顔が、僕は好きだ。
「本当? じゃあ、行こうか」
兄さんがそう言って僕の手を取ったところで、例の女性、アイラ・デイヴィスと目が合った。同じスクールに通う者同士だ。学区内で会ったとしても、何ら不思議はない。僕はすぐに視線を兄さんに移した。
「でね、今日はスチュワート先輩が何だか上の空でチラシ挟んでて……って、聴いてるの!? ジョシュア!」
「もちろんだよ。兄さんが話すことは、一言も漏らさず聴いてる。……ねえ、兄さん」
「うん?」
「その、バイトを辞める気はないの……?」
「え? なぜ?」
どうして? と言いたげに、兄さんは僕の顔を覗き込むように見た。
「心配なんだよ。兄さんのことが……。いま、フォールリバーがどういう状況なのか知ってるだろう?」
「……」
「兄さん?」
「ジョシュア。それに付け加えなければならない言葉が、あるんじゃないのかい……?」
兄さんは立ち止まって、静かに言った。
「……他意なんて、ないよ」
心を見透かすような兄さんの視線から逃げるように、僕は答えた。
「それは嘘だ。僕はもう、昔の僕とは違う。気づいてないとでも思ってるの? ジョシュアは僕を失うことで、自分の心が恐怖に晒されるのが嫌なだけだよ」
「……」
「僕のことは、僕が決める。だから、口を出さないで……ジョシュア。もう、お互い子供じゃないんだ」
「……そうだね」
僕はそう答えるだけで、精一杯だった。それから僕達は一言も話さず家まで歩いた。沈黙を壊せないままに。
帰宅してから、食事を摂った僕は部屋に戻った。
ケースから眼鏡を取り出して掛けると本棚の前に移動し、下から二段目、左から三番目にある本を取った。本の背には論理学と書かれているが、中身はくり貫いてある。その本を持って机に座り、中に入れてある小瓶を取り出した。この瓶には、あのボルジア家で有名な〈カンタレラ〉が入っている。スイスの歴史家、ヤーコプ・ブルクハルトが「雪のように白く、快いほど甘美な粉薬」と形容した、あの毒薬だ。だがなぜ、甘美なんだ? ルクレツィア・ボルジアのことでも言っているのだろうか?




