020 野火
赤い光が閃き、一沙王の半身が消し飛んだ。
「がっ……!」
声とも呼べぬ音が一沙王の喉から絞り出された。
引火して火達磨になった一沙王が再生しきっていない体を無理に動かし草原を転がりまわる。
一沙王に逸らされた火の玉が弧を描く軌道で飛びながら草原に次々と着火、地面に着弾し一瞬火柱を上げて消滅した。
「よくも……」
要の眼前に神力が集まり朱色の光球が形成される。
「よくも!」
放水するかのように、光球から継続して赤く輝く何かが放出される。
外傷の治癒に成功した一沙王が逃げる先々にそれが撒かれ、触れた物悉くを燃え上がらせた。
あっというまに草原が火の海となる。
「力を……扱えるようになったのか」
僅かに乱れた呼吸を整えながら一沙王が問う。
既に傷も火傷もなく、頭髪衣類に至るまで元通りに回復している。
金属糸を織り込んだ毛織物と思しき装束が火に照らされちらちらと光っていた。
「貴様はこの手で殺してくれるっ!」
そう叫ぶ一方で要の心にはどこか冷めた部分があった。
まずい、奇襲が失敗した――と。
次郎を害された事によって逆上した。その点について要も自身を疑ってはいない。
それが晴れ女の力を用いる事への不安感を吹き飛ばし、力を抑止する結界を破壊する決断に繋がった。
今も戦後の次郎の蘇生が本当に成功するのか不安で仕方が無い。
それでも激情で頭が真っ白になったのはほんの一時の事で。
初撃の火球が半身を削る程度で終わる頃には、ある程度の冷静さを取り戻してしまっていた。
一時撤退を選択肢にいれる程度には。
(兄さんが殺……傷つけられたというのに、何故私はこうも情が薄い……!
……いや、余計な事を考えず、ただ今はあいつを殺す事だけを)
殺す、と念じつつ早くも憎しみさえ失せかけている。
不安も確かに有るものの、次郎の蘇生は十中八九間違いあるまいとの思いが少しずつ大きくなってきている。
殺す殺すと声に出し自分に言い聞かせねば戦意の維持さえ困難だ。
奇襲が失敗した今自分がこの場で一人戦う必要があるだろうか――そういう疑問が頭を占める。
(刃物を持った鬼が、目の前に居る)
一足一刀の間合いには程遠い距離。それでも、舗装路を走る車を猛追してみせた俊足の前ではこの程度の距離など無いに等しい。
自分の反応速度を考えるに、既に間合いに入っているだろうと要は考える。
それをせぬのは相手が今も隠し玉を警戒しているからで、遠からず攻撃に移るに違いない。
そう考えながら要は赤熱する粒子を放射した。一沙王は回避に徹している。
(性質の理解は不十分ながら、こちらには二種以上の飛び道具がある。
接近戦の経験なぞ皆無の私は距離をとるしかないが)
これ以上の距離をとって、果たして有効なダメージを与えられるような攻撃が可能だろうか。
要にはそういった懸念があった。
小振りな火球を発射する。籠められた神力が少ないと見破られたか、火球は切断され掻き消えた。
切断と同時に一沙王が横跳びに跳んで地面を転がる。弓なりの軌道を描いて上方から降り注ぐ赤い粒子が、先程まで一沙王が居た場所を火の海に変えた。
(何故か兄さんに気を取られて無防備になっていた一沙王に、至近距離からほぼ完全な奇襲の形で仕掛けた初撃。
それが、放った後から反応して体半分躱されたのだ。
受け止めるのは危険と判断し、回避が間に合わないとみるや通力を一点に集中して逸らしてのけた。
ただ力の量が多いだけの――技巧なぞ持ち合わせていない私にあれを倒せるのか?)
一沙王が剣の腹で一薙ぎすると一沙王の前方の草が半円形に吹き飛ばされ、火が消失した。
(恐れで逃げ腰になっているわけではない、はずだ。
これは彼我の戦力差を分析した上での冷静な――)
一沙王が歩を進める。要と一沙王を隔てる火の海に裂け目が入った。
(冷静……なぜ初撃が外れた? なぜたかだか人の英雄に防げる程度の攻撃しか出来ない?
「神の戦の勝敗は神力量の差でほぼ決まる」のではなかったのか?)
小型の火球を瞬時に三十六個形成し、発射する。
(このぐらいは軽く作れる。私の力は一般的な英雄のそれではなく、神と同等同質のはず。
……何故私は、今まで一沙王が対処できる範囲の攻撃しかしていなかったんだ?)
一沙王に直撃するコースの火球が不自然に減速し、一沙王に逸らされた。
「……どういうつもりだ」
手を抜いているのか、と責めるような目で一沙王が要を睨む。
(なぜ、攻撃をためらう。なぜ、恨みや怒りが持続しない。
妖怪相手に矢を射かけた事なら何度もある。
兄さんが前に大怪我をした時は治るとわかっていても冷静でいられなかった。
――何かがおかしい)
要は無意識に頭に手を遣った。
軽い眩暈がする。頭部が膨張するような感覚と脈動、そして頭痛がある。
モニタのドット欠けのような点が視界にいくつか現れ、それが拡がるようにして視覚が機能を失ってゆく。
(――こんな時に貧血か……!)
体が自然と前傾し平衡感覚が怪しくなり、要はたたらを踏んだ。
現実を何一つ映さなくなった視界に映るものがある。
ぽん、ぽん、と器用にお手玉を操る幼子と、その傍らに置かれた小さな木製のたらい。
たらいには少量の水と濡れ手ぬぐいが入っている。
視界の主は布団から身を起こしてお手玉をする幼子を見守っていた。
三つのお手玉を十二十……三十周以上はさせている幼子を見てふと過日を振り返る。
真上に放り投げる事すら上手くできず、指先に引っかけて明後日の方向に飛ばしていたのは、ほんの一月前の事ではなかったか。
自分が月の半分も体調を崩して寝ている間に、この子はどんどん成長して行く。
そのことが喜ばしくも有り、どこか寂しくもあった。
上手くなったな、と視界の主が口にするとそれで集中が切れたか幼子がお手玉を取り落す。
ぼちゃんという音とともに四方にしぶきが飛んだ。
――ああ、気にするな。乾かせば……虫が湧くやも知れぬからもう一つ作ってやるさ。
慌てたり落ち込んだりと忙しい幼子をあやす。
――心配してくれるのは嬉しいが、そのぐらいで負担になどならないよ。
――大丈夫だ。
姉さんに任せろ、望――と、要の口から言葉が漏れた。
─────
「私の神力をどうにか増やせませんか。
ほら、連合の神々がヤマツミ様に神力の使用権を預けたとかなんとか、あんな感じに」
自在剣を振るってミズチを削ぎ切りながら孝洋が訊ねる。
「戦が始まる前ならばそういう選択肢も有り得たが……この力の殆どは只の借り物ゆえそれは難しいな。又貸しは出来ぬ」
ミズチの肉片から生まれた蛇を食らいながらヤマツミが答える。
「私の本来の神力もある程度は残さねばならんし、貸し出せる分だけでは山本殿の今の神力の精々五倍程。決め手とするには弱いぞ」
鉄の鎧を纏いはしたが、中身まで鉄と化した訳でもない。
1メートル程の厚みの鉄の下には少々の空間を隔てて生身のミズチの肉体があり、自在剣で刻む上での障害にはなり得なかった。
下顎を残してミズチの頭が滑り落ち、身軽になった体が雷に打たれて倒れ伏す。
(生身に落とせば雷も効く。鉄の鎧が電気の迂回路になっていただけか)
タネを暴いてしまえばどうという事も無い。
手数を優先し体内への電路の形成を怠った事を反省する。
自由落下する頭は地に着く前に微塵に刻まれ、ヤマツミが処理するに丁度良い大きさとなった。
蛇に変わり始めたミズチの肉片がヤマツミの疾走によって擂り潰される。
頭を失ったミズチが身を起こす。
ミズチの傷口が盛り上がり、頭とそれを覆う鉄の外装が新生した。
(斬れる。しかし意味が無い)
孝洋の攻撃に意味が全くないかといえばそうでもない。
回復の際に神力を消耗し、僅かずつとはいえミズチは弱体化してゆく。
ミズチが攻撃に使える神力がヤマツミにとって脅威でないレベルまで目減りすれば、そこから勝負を決めに掛かる事もできる。
このまま続ければ勝てる。
しかしそれでは時間がかかりすぎると孝洋は考えていた。
(連合の英雄、それに忍者とも一通り顔を合わせたが、一沙王はケタが一つ二つ違う。
郷長の策がうまくあたったとして、それでも勝ちが確実とは言い難い)
十中八九までは勝てるだろう。しかしそれは一割二割は負ける可能性があるという事だ。
可能であるならばここでミズチを倒して勝利をより確実なものにしたい。
その為にはこの戦い方ではどうにも速さが足りなかった。
(ただ斬るだけでは駄目だ。もっと大きく神力を削れないと)
神力を撃ち込む感覚は学習した。
末端への攻撃よりも急所や重要な臓器の近くに撃ちこんだ方が効果が高い事、道具や空気を介して流し込んだのでは目標までの距離に応じて効果が減衰してしまう事も確認した。
ヤマツミの土の鎧やミズチの水流、孝洋の雷のように神力の効果を増幅する媒体がそれぞれにあるらしい事も。
(だが俺の神力では気休めにもならん。
これが五倍、自前の分を足して六倍になったとして何か変わるのか)
神力の籠った攻撃を受けて尚大して堪えた様子も無いミズチを思い出す。
負ける気はしないが手早く倒す事も出来ない。厄介な相手だと苦々しく思いながら手を動かす。
「山本殿」
僅かに迷いを感じさせる声音でヤマツミが孝洋に呼びかけた。
「――山からかなり離れた草原で火の手があがったそうだ。要、次郎ともに連絡が無い、とも」
ミズチを削いでいた孝洋の手が、それを聞いて止まる。
「そんな策を用意しているとは……聞いていないが」
「何か想定外の事があったんだろう。
臨機応変に動いた結果か、あるいは追われるままに逃げて草原で戦闘になったか」
「要と連絡は取れませんか?」
「合流前で祈祷師を連れていないらしい。要本人は祈祷師の技を使えない」
表面上落ち着いてヤマツミと話をしつつも、孝洋は大きく動揺していた。
孝洋はヤマツミの勧めに従い、なるべくリスクを冒さずに戦おうと地道に神力を削る戦法を選択した。
ヤマツミは人の戦での勝利を信じ、孝洋もまた作戦通り順調に進んでいると聞きその判断を支持した。
であれば、神々としてすべき事は無用なリスクを冒して早急にミズチを倒す事では無く、予定通りに戦争終結まで持ち堪える事である。
孝洋個人としては一刻も早く救援に駆けつけたい所ではあったが、個人の感情で連合全体を危険に晒すべきではないと自分を戒めた。
戦争終結までのヤマツミの確実な生存を第一とし、それを押さえたうえで早期の決着を狙っていく。
そうした折衷案がこの戦闘における孝洋の方針であった。
その判断が正しかったのか、どうか。要と次郎が危険に晒されている可能性があるとの報に、孝洋の心に迷いが生じていた。
「一沙王がまだ姿を見せない、とも言っている。山に入った敵の殲滅はあらかた終わったそうだ」
「……では」
「要達と交戦しているのは一沙王であろうな」
「! ――五倍で良い、取り敢えず貸してくれ!」
「承知した」
孝洋は自在剣でミズチの頭部を切り飛ばし、神力の移譲を確認するや否や剣を投げ捨て移動を開始した。
傷口から露出したミズチの頸椎に結界が取り付く。
結界の急激な収縮によって相対的に質量の小さな孝洋がミズチのもとへ引き寄せられた。
(安全策なぞ採っていられるか! これで要に何かあったらジロさんに合わせる顔が無い!)
ヤマツミから離れて間もなく世界に音が戻る。
同時に強烈な空気抵抗と加速による負荷が孝洋を襲った。
(驕っていた。危険を冒さなくとも勝てるから無理をしないようにしようなどと)
空気抵抗が戻った事で一時減速したものの、そこから再び加速を始め孝洋は程なく音速を突破した。
人体が耐えられる限界をとっくに超えて尚も加速する。ミズチの出せる最高速度を超えたあたりで孝洋はミズチに着弾した。
(早く勝ちたい誘惑に耐えたのではない、より楽な判断に逃げたのだ。
長い間格下ばかり相手にしてすっかり鈍ってしまっている)
頸椎から傷口に向かって飛び込み、粒子状の結界を噴き出す事で推力を得て下方向に掘り進む。
(反動から考えるに、おそらく生身の動物にとっての急所程神力を撃ち込む効果が高い)
頭を潰せば一時動きは止まるが、頭部への神力の効き自体はいまいち悪い。
頭でないとするならば、生命維持に最も影響の大きな箇所は内臓、おそらくは心臓だろうと孝洋はあたりをつけた。
傷口から噴き出したミズチの血液が孝洋の結界にまとわりつき、凝固して鉄塊となる。
孝洋は鉄を透過する結界と鉄を透過しない結界を組み合わせ、鉄を挟み潰し引き裂いて掘り進んだ。
結界によって拡張された孝洋の感覚がヤマツミを襲うミズチを捉える。
孝洋が切り飛ばした頭部の傷口から数十に別れた首が生えヤマツミを囲みだす。
各々口から水を吐き血を振りまきながらながら迅速に包囲の環を狭めてゆく。
孝洋がヤマツミの許を離れたのを好機と見たか、全力の攻勢に出たらしい。
孝洋が心臓に到達するとほぼ同時、ミズチの首が一斉にヤマツミに襲い掛かった。
ヤマツミをドーム状に覆っていたミズチの首から無数のトゲが顔を出す。
ミズチの首は独りでに動いた自在剣によって微塵に切り裂き擂り潰された。
(雷を通じて神力を流せば効果が増すが……雷なんて一瞬で消えるようなものに合わせて神力を大量に流すのは、まだ神力の扱いに慣れていない俺には難しい)
上空で強力に帯電している雲が結界に包まれ高速で降下を始めた。
孝洋がミズチの首に開けそのまま維持し続けた穴を通って、雷雲が孝洋の許へ落ちてくる。
結界に包まれ一切の電気を漏らさない雲に、神力を目一杯流し込む。
「雷鎚!」
心臓に接触する瞬間に結界が消失し、神力の籠った電流が流し込まれる。
「いい加減に……道を開けろ!」
二発三発四発、次々と雲を落として叩きつける。
孝洋の内にある神力が急速に減ってゆく。
痙攣でもしているのか意識的なものなのか、ミズチの体がどたどたとのた打ち回る。
ミズチがのた打つに合わせてミズチの体への進入口も瞬間毎に位置を変えるが、雷雲の欠片は迷いを感じさせない自然な動きでミズチの体内に吸い込まれてゆく。
「――やはり足らん」
随分弱ったようではあるが、攻撃にまわせる神力をほぼ使い尽くして尚ミズチが死ぬ様子は無い。
「神力神力神力――」
援護を企図してか駆け寄ってくるヤマツミを孝洋の感覚が捉える。
「これだ!」
孝洋の結界がヤマツミを捕獲する。
突然の事に驚き藻掻くヤマツミが天高く持ち上げられる。
結界がミズチの体を引き裂き心臓を露出させた。
「ヤマツミ様! 合わせて下さい!」
孝洋は一方的にそう告げると孝洋の実現し得る最高速度でミズチの心臓にヤマツミを叩きつけた。
─────
「――姉さん?」
一沙王の呟きで要の意識が現実に引き戻される。
「……いや、違う……姉さんは死んだ」
呆然と呟く一沙王に、混乱したままに要が火球を放つ。
一沙王に真っ直ぐ向かった火球は、しかし一沙王の間合いに入る前に進路を変えて遠く離れた木立に着弾した。
(違う)
赤い粒子を散布する。避ける様子も見せない一沙王に降りかかると見えたそれが、一沙王の頭上で火球に飲みこまれ掻き消された。
そのまま明後日の方向へ飛び去る火球を呆然と見送る。
その火球を放ったのが他ならぬ自身であると要が気付くまでに僅かばかりの時間を必要とした。
(違う……! 私は、私だ)
数十の火球を放つ。火球同士がぶつかり合い消滅した。
(前世の知識の持ち越しなどというズルをして、魔法の助力を受けたうえで……神の力を手にしてそれでも尚……! どうして私はこんなに弱い!)
粒子を撒く。籠められた神力が不足していたか、空中で熱量を失いそのまま掻き消えた。
(前世が何だ、過去生が何だ! 今の私にはそんなものよりも兄さんが大事なはずだろう)
――上下などつけられない。私にとっては二人とも大事な人だ。
(違う。私は兄さんを斬ったあいつを憎んでいる)
――可愛い妹をどうして憎めよう。蘇生するのだから、取り返しのつく範囲の過ちでしかない。
(違う。これは私の記憶ではない)
――前世の記憶無しに、今の私の人格は存在しない。前世は私達の一部だ。
(違う……これは私の感情じゃない)
――過去生を知った上での私の感情そのものだ。私は今「別の人格」などというものと語らってはいない。問答は全て今生の私の内で――
「違う! 私は私だ……朔弥では、ない!」
遠距離攻撃が役に立たないと判断し、要は接近戦に切り替える決断をした。
所持しているスラスターを最大出力で起動する。
英雄化した要の身体感覚がスラスターの制御を可能とし、一沙王との距離を一気に縮めた。
視界はクリアだ。
五感の何かが鈍るという事も無く、フィルタを通した様子も無しに全ての音、光、匂い、そして痛みが感じられる。
そのうえで、それら全てが無害なレベルのものとして反射による防衛のチェックをすり抜けた。
塵が目にぶつかっても、反射でまぶたが閉じる事も無い。
痛みは痛みとして確かにある。しかし騒ぐ程のものとは思えない。
砂粒程度では要の眼球に傷を付ける事もできず、また傷付いたとしても僅かな間もおかずに完治する。
何がどの程度の脅威であるかは体が良く知っていた。
英雄としての鋭敏な感覚と、英雄としての苦痛への耐性。
それらを備えた要の視界に映る一沙王の姿が引き延ばされた時間の中で少しずつ大きくなってゆく。
初めて顔を合わせた時に受けた理性的で物静かな――成熟した女性といった印象を塗り替えるような、狼狽した一沙王の顔。
それがお手玉を水に落とし狼狽えていた幼子の面影を強く残していて。
そのままの勢いで体当たりをした要は、神力を撃ち込む事が出来なかった。
一沙王はごく自然な動作で要を抱き込み、要に衝撃がいかぬように庇いながら地面を転がった。
土を抉り岩を砕き樹木をへし折ってスラスターから受け取った運動エネルギーを転嫁する一沙王の腕の中で、要は自身が酷く丁重に扱われている事を自覚した。
一沙王の胸に埋まった要の鼻腔に汗の匂いがひろがる。
とても懐かしい、家族の匂い。二度とは会えぬと覚悟を決めて別れたはずの妹の匂いだ。
「……また、背が伸びたな」
自然と言葉が出る。苦笑が浮かぶ。
それが自分の意思に拠るものなのかどうか、もはや要に判別はつかなかった。




