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魔法使いと太陽神  作者: 水栽培
二章 掌中の沙
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18/32

018 変化

「……何が、起きた」


「斬りました」


 孝洋は頭を失ったミズチを油断なく見据えてヤマツミの問いかけに答えた。

 倒れたミズチの傷口から噴き出した鮮血が血の池を作り出している。


「斬っただと? あの巨体を、どうやって」


「どう、と言われても巻きつけて滑らせながら――やっぱりこれで終わりじゃないか」


 ミズチの傷口が蠢き、傷口を割り進んで新しい頭が生えてきた。

 斬り落とされ地面に転がっていた頭がびくびくとのたうち、溶けるようにして崩れたかと思うとミズチ本体に比べやや小振りな蛇へと姿を変えた。


「よ」


 掛け声と共に孝洋が自在剣と呼んだ両刃の剣の刀身が伸び、小さい方のミズチを刺し貫く。

 次の瞬間貫かれた小ミズチの体の至る所から剣先が突き出し、サボテンのような風情となった。

 自在剣の刀身が巻き戻る。小ミズチはべちゃりと崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「別れた方は再生しない、と。細切れにして全部潰せば勝てるんですかね」


「あ、ああ。……あ、いや、本体はそれでも再生するだろう。

 神力を撃ち込んで回復中枢を破壊しきらないと」


「神力を撃ち込む」


 本体らしい大型のミズチに向かって自在剣を伸ばすが、皮一枚の差で躱される。

 孝洋が手首を軽く捻ると刀身が曲がり、そのままミズチの首に巻き付いた。

 自在剣を通じて神力を流し込む。


「……どうも体に届く前に何かに弾かれるようです」


「あー、ああ、そうか、神力が少なすぎるのか。山本殿は強いのか弱いのかよくわからんな」


 そういうとヤマツミはミズチに向かって走り出した。

 駆けるヤマツミの足元から土が這い上がり、ヤマツミの体を鎧のように覆い始める。

 ヤマツミの神力が関与している現象である事を結界を通じて感知し、孝洋は纏わり付く土への警戒を解いた。


「援護を頼む!」


「ええ」


 水を吐き出そうとするミズチの上顎と下顎を自在剣の剣先が縫いとめる。

 ヤマツミから距離をとろうと体をうねらせるミズチの胴を、枝分かれした自在剣の刀身が地面に縫い付ける。

 ヤマツミの眼前に回転する三角錐の結界が現れ、ミズチの胴体を深くえぐって消えた。

 結界が開けた傷口に巨岩のような姿となったヤマツミが渾身の体当たりを成功させる。


「せ!」


 ヤマツミの声と共にミズチの体に神力が流し込まれる気配があった。

 直後、ミズチの体が激しく痙攣する。


「なるほど、こんな感じか」


 自在剣を保持する右手はそのままに、左手から結界を伸ばしてミズチの傷口に突き刺す。

 先程まで感じられた神力による防護膜のようなものの感触が、傷口周辺に限って消えている。

 孝洋は結界を通じて神力を撃ち込んだ。

 わずかな手応えがある。


「どうも自分がやっても効果が薄い感じですね」


「力のケタが違うのだから当然だ。私が攻撃する機会だけ作ってくれれば良い」


「そうで――右に!」


 孝洋はミズチの傷口から流れ出る血の動きに不自然なものを感じ、咄嗟に回避を指示した。

 右手に跳んだヤマツミの左側面を槍の穂先のような物が掠め、土の鎧を削り飛ばし皮膚に浅くは無い傷を作った。

 ヤマツミが反転し全速でミズチから距離をとる。

 孝洋がミズチを顧みると、ミズチの傷口から生えた無数の刃が先程までヤマツミの居た空間に殺到していた。


「……もう一度体当たりお願いできます?」


「難しいな……」


 傷口を始点にミズチの全身に金属光沢が伝染し、体表にアルマジロトカゲに似た鋭いトゲが作られていった。

 大きなトゲの表面には小さなトゲが無数に生え、下手に触れれば身を削り取られるのではないかと思わせる威圧感がある。

 ぶるり、とミズチが体を震わせる。

 ミズチを縫いとめていた自在剣の刀身がちぎれ飛んだ。




─────




(信じがたい話ではあるが……ミズチ様の形勢不利、か)


 川上夜須奈は祈祷師坂下を伴い山中を駆けていた。

 山に逃げ込んだ連合軍の残党を狩り、草壁郷長を討って決着を付けるためだ。


 戦闘開始時に連合側に割り振られた領域であるこの山は連合にとって有利なフィールドだ。

 わずかな差ではあるが一沙側の神力通力の運用は阻害され、逆に連合側は幾分強化される。

 山という地形も山の神であるヤマツミの力を増幅させる要素であり、実戦経験が豊富で練度の高い英雄を多く保有する一沙でさえ同数の英雄をぶつけられれば勝利が難しいものになる。

 地の利は連合側にある。各個撃破されかねない戦力の分散は、夜須奈としては避けたい所であった。

 しかし神の戦が劣勢となると、そうも言っていられない。


(時間は敵方に利する。多少の危険を冒してでも手勢を別けて探すしかない)


 忍の里を通じて事前に得た神力量の予測値から、夜須奈はミズチが必ず勝つものと思い込んでいた。

 神の戦での神力総量の差は人の戦での兵力差以上に勝敗に強く影響する。

 人の戦がどのように推移しようと、最悪でも一沙王が生き残ってさえいればミズチが参戦して一沙の勝利に終わる。

 そういった楽観があった。長引けば長引く程一沙の有利に傾くとの思いがあった。

 それが、拮抗どころか不利ときた。


(草壁翁の居場所さえ探し当てれば、王が居れば勝てる)


 ミズチを当てに出来ない以上、人の戦で決着を付けるしかない。

 それも、ミズチが敗北する前にだ。もたもたしていては何時戦場に連合側の神が降りてくるか解らない。

 如何に一沙王といえどもミズチを屠るような神を相手にまともに戦えたものではない。

 夜須奈は焦っていた。

 だから、だろうか。異変に気付くのが少しばかり遅かった。


「――坂下っ!」


 警告の声をあげると同時、樹上から音も無く降り立った何者かが祈祷師坂下の首に二本指を深々と突き刺した。

 直感に従い夜須奈が跳び退ると同時、坂下の体が爆発四散した。

 打ち上げられる形となった坂下の首が樹上を経由して落下し、夜須奈の足元にゴロリと転がる。

 英雄に劣るとはいえ回復能力をもつはずの祈祷師がぴくりとも動かない。

 先の戦闘での爆発とは性質の違う、充分な通力の籠った攻撃。夜須奈もよく知る技であった。


「炸裂符……! やはり忍者か! どういう事です、名簿には忍の里の名は無かったはず」


 人と忍者はそれぞれ別の集落を作って暮らしている。人と忍者が同じ村で暮らす事は、通常は無い。

 戦場には事前に登録された者以外は入る事が出来ない。

 名簿に登録する際は所属する村を併記する必要があり、忍者の参戦を秘匿する事はある例外を除いて不可能であるはずだった。


「忍の里に所属していないのだから当然だ」


「食客ですか」


 村の有力者や裕福なものが個人で召し抱える者を食客という。

 何らかの事情で、村の有力者が忍者を食客として村に住まわせる事がある。

 食客は村の一員として扱われる事から、書類上は忍者である事を隠す事が出来る。


「正式な里人だよ。顔に見覚えぐらいはあるはずだが」


 男が忍具と思しき面をずらす。

 そこには常日頃草壁郷長の傍に控えている若者の顔があった。


「あなたは……草壁右近! なぜ忍者が郷長の養子に……まして後継者候補になど」


「川上の娘になったあなたが言えたものでもないだろう、半人半忍」


 右近が面を元に戻し、そのまま流れるような動きで棒手裏剣を投擲する。


「徒花に過ぎぬ私と純血の忍では話が違うでしょう」


 夜須奈は手近な木の枝をむしり取り棒手裏剣を打ち払った。

 そのままの勢いで投げ捨てられた枝が地面に落ちると同時、棒手裏剣が強い光を放つ。

 夜須奈は意に介さず抜剣し、じり、と間合いを詰めた。


「半忍の英雄と知った上で戦いを挑みますか」


 なんらかの隠し玉がある、と夜須奈は推測した。

 曲がりなりにも英雄である夜須奈に、英雄になる事が不可能な種族である忍がまともにやって勝てる道理が無い。

 回復能力の強弱、通力の回復速度と容量、身体能力と反射神経。

 正面から一対一で戦えば忍に勝ち目など無いに等しい。

 伏兵があるか、要が作った新兵器の用意でもあるか、でなければ未知の忍具でも出してくるか。


「あるいは、ただの足止めですか」


 何かがある、と深読みさせて時間を稼ぐ魂胆かとも夜須奈は考える。

 神の戦の戦況は祈祷師を介して連合側も把握しているはずだ。

 有利なフィールドで迎え討とうなどと考えず、ただひたすら逃げに徹する選択をする可能性は充分にある。

 一沙王の力を伝聞では無く直接目にした後では、その選択こそが自然であろうと思える。

 じり、と更に間合いを詰める。


「思い上がるな半端物が」


 夜須奈が攻撃に移ろうとした瞬間、右近が取り出した苦無が変形し三段重ねの弩のような物が現れた。

 矢の供給機構らしき物が見当たらず、ほんの一瞬ただのはったりではとの疑いが夜須奈の脳裏に浮かび、その動きを鈍らせた。

 わずかな硬直の後横っ飛びに跳んだ夜須奈の体すれすれを矢が通過する。

 そのまま薙ぐように振るわれた弩から扇状に矢がばら撒かれる。

 矢の命中した岩が砕け木々がえぐれ、その威力の高さを見せつけた。


「人の英雄のような幸運を持たず、飛び道具は自力で避けるしかない。

 後ろに目がついているかのような勘も働かぬ」


 矢を回避しながら夜須奈が苦し紛れに投げた短刀が右近の篭手に弾かれる。

 右近はそのまま短刀を掴み取り、短刀に結わえられた炸裂符を片手間に処理してみせた。


「ロクな忍具も持たず忍としての修行も積んでおらぬ。この程度の相手を恐れる理由が無い。

 あなたにはここで退場して貰う」


「ぐっ」


 右近は片手で弩を操りながらもう片方の手で炸裂符付きの棒手裏剣を投げている。

 矢の雨によって進路を限定され、隙間を見つけて突っ込もうとした先々に棒手裏剣が突き刺さる。

 炸裂符のうち幾つかは爆発する事無く沈黙を保ち、夜須奈の選びうる進路を更に狭めた。

 後方、頭上、足元にも。待機状態の炸裂符が着々と数を増やしている。


(食らって足が止まればやられる。やるしか無いのか……っ!)


 夜須奈は右近に剣を投擲し、地を這うように身を低くする。

 夜須奈の目が獣のそれに変わり、全身から白い毛が噴き出した。

 一瞬後には翼の生えた白虎に食いつかれた右近の体が岸壁に叩きつけられ引き裂かれていた。

 衝撃で小規模な崖崩れが起きる。


「使ったな?」


「!?」


 ぼろりと落ちた右近の頭から――その顔に張り付いた仮面から声がする。

 右近の体が解けて無数の炸裂符に変わり、爆発した。

 先よりも少し規模の大きな崩落が起き、夜須奈は土砂とともに押し流された。


「これでしばらく獣化は出来ぬ。獣化を解かねば通力が減る一方だ。

 こんな所で切り札を切るやつがあるか」


 ばきり、と仮面が砕け、右近の頭に似た何かは溶けるように消えた。


「……くそっ!」


 派手に土砂を吹き飛ばして這い出てきた血まみれの虎が、徐々に人の姿に変わっていく。

 夜須奈の体からひしゃげた金属鎧の破片がガラガラと零れ落ち、残った皮鎧と毛織物と思しき布が再生を始めた。


「獣化も使えない上に回復中枢も相当やられた。回復まで待っていては戦争が終わる。

 ……どこかに合流して補助に徹するしかないか」


 遠くから戦闘音が聞こえる。

 複雑に反響するそれにしばし耳を傾け、おおよその方向を掴んだ夜須奈は走り出した。

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