#47 何もいないアクアリウム
暗闇の中を進んだ五十鈴たちが辿り着いたのは、まるで水族館のように青い光に照らされた、巨大な水槽の並ぶ広い部屋だった。
水槽のガラスは拭き残しなく丁寧に磨かれ、澄んだ水で満たされた中には水草が優雅に揺れている。
――ただ、その水槽にはひとつ奇妙な点があった。魚がいないのだ。
部屋をぐるりと覆うように、隙間なく置かれた水槽のいずれも魚が泳いではいない。もしかしたら水草の影に隠れているのかと思い、そっと覗いてみた五十鈴だったが、そこにはやはり何の影もなかった。
「はてさて、何を飼っているんだか」
水槽を一瞥したアルヴェアーレが、ぼそっとつぶやいた。
奇妙に感じているのは、どうやら五十鈴だけではないようだ。
「魚らしい匂いはないっすね」
すん、と鼻を動かしたリカントもそう続ける。何とも不思議な空間だ。
そんな中、五十鈴たちを案内してきた文字は停まらずに、まだまだ先へと導こうとしている。周囲の水槽を気にしつつ、五十鈴たちが前へ進んだ――その時だ。
――ぴちゃん。
不意に、後方で雫が跳ねる音が聞こえた。
ハッとして五十鈴が振り返る。
「五十鈴? どうした?」
「いえ、今何か音が……」
「音? 何も聞こえなかったっすけど」
リカントの言葉に五十鈴は「えっ」と目を瞬いた。
アルヴェアーレはどうかと顔を向ければ、彼女も首を傾けている。
「どんな音だった?」
「こう、ぴちゃんって水が落ちる音が」
――ぴちゃん。
「あ、また!」
今度こそはと二人を見るが、首を横に振られてしまった。やはり彼女たちには聞こえていないようだ。
幻聴だろうか――そう思った時アルヴェアーレは「……良くないな」とつぶやいて、五十鈴の肩を抱いた。わっ、と見上げれば、彼女は周囲へ素早く目を走らせている。
「リカント、用心しなさい」
「了解っす」
二人の纏う空気が張り詰めている。自分の身に何かが起きていることは、五十鈴にだって否が応でも分かった。
ごくり、と唾を飲み込んで様子を見ていると、
「弟の誕生日会へようこそ、御三方」
氷のように凍てついた声が部屋に響き渡った。
ハッとして顔をそちらへ向ける。すると入り口付近にある水槽の手前に、誰か立っているのが見えた。
艶やかな黒髪に黒曜石のように黒い肌をした、五十鈴と同じかそれより年下の少年だ。
白衣らしき衣装を着た彼は、夜空色の瞳をじっと五十鈴へ向けていた。




