#40 路地の捨て犬
五十鈴は思わず足を止めて、辺りをきょろきょろと見回した。
すると少しして、もう一度「きゃんっ」と鳴いた。
その声は近くにある狭い路地の方から聞こえてくるようだった。
「あちらかしら?」
何となく気になった五十鈴は、そちらへ向かって歩き出す。ダンデもすぐ後ろをついて来た。
そうして二人は路地へと入る。狭い路地はほんのりと薄暗く、傘をさしたまま二人並んで歩くのは難しい狭さだった。
進んで行くと、ちょうど真ん中ほどの壁際に、段ボールが置かれているのが目に入る。
段ボールは雨に濡れたためか、少しくたっとなっていた。
近付いて中を覗くと、そこには一匹の黒い仔犬が入っていた。ポメラニアンのようにふわふわな毛並みをしている。
「やっぱりわんちゃんですの」
五十鈴はしゃがんで顔を近付ける。
仔犬は突然現れた大きな生き物たちに怯えることもなく、お利口に座ったまま、五十鈴を見上げて尻尾を振っていた。
この人懐っこさと、段ボールの中にいるという状況から考えると、捨て犬に間違いないだろう。
「……捨てられましたか」
立ったままのダンデが、仔犬を見下ろしながら静かに言う。
「……ひどいことをしますわ」
「そうですね。ですが、どこにでもあることです。ちっぽけで、弱くて汚いものなんて、すぐに捨てられてしまいますから」
彼の口から放たれたのは、普段のダンデの様子とはかけ離れた冷たく淡々とした声だった。
けれど仔犬を見下ろすダンデの瞳は、憐れむような色も宿っていた。
彼は複雑で、それでいてわずかな苛立ちの混ざった眼差しを仔犬へ向けている。
「行きましょう、お嬢様」
ダンデは仔犬からスッと目を逸らし、踵を返す。
――しかし。
「こうしてはいられませんの! すぐにお医者様に診ていただきましょう!」
ほぼ同時に五十鈴は仔犬へと手を伸ばした。
そして何の躊躇もなく、ふわふわの体の脇に手を差し込むと、そっと抱き上げる。
するとダンデが驚いた様子で振り返り、目を大きく見開いた。
「五十鈴お嬢様……連れて帰るのですか?」
「はいですの。このままですと風邪を引いてしまうかもしれませんし、それに――」
「……何故?」
ダンデはさらに問いかける。
普段であれば彼は五十鈴の言葉を遮って、被せるように物を言わない。ダンデにしてはずいぶん珍しい行動だった。
そのことに五十鈴は少し驚いたものの、
「こうして縁が出来ましたもの。それに……きっとこの子は人の都合で捨てられた子ですわ。ですから放ってなんておけません」
「――――」
ダンデの目が、さらに大きく開かれる。信じられないと言わんばかりだ。
どうして、と彼の口が動いた。しかし声は出ない。
二の句を継げない彼に五十鈴は首をかしげたものの、いつまでも路地で問答をしているわけにもいかない。
「ひとまず動物病院へ行きましょう、ダンデさん!」
「あっ、は、はい……」
五十鈴が促すと、ダンデは困惑しながらもこくりと頷いたのだった。




