#36 魚とサイフォン 上
(拷問……?)
耳慣れない物騒な言葉に、五十鈴は首を傾げた。
異形にとって人間の魂というものは、五十鈴達の食事と同じもの。それは彼女自身も身に染みて分かっている。
何せ友人と思っていた異形から一年かけて魂を食べられ続けていたのだ。
そのせいで五十鈴はずっと頭がぼうっとしていたし、髪の毛先だって白く変色してしまっていた。髪に関しては、その部分を切って揃えても、翌朝にはまた白くなってしまうのである。
時間が経てば元に戻ると言われてはいるが、まだまだ時間がかかりそうだと、鏡を見るたびに五十鈴は思った。
そんな経験をしている上に、出会う異形のすべてが五十鈴を見て「美味しそう」と言ってくる。
だから異形にとって自分や人間の魂が食事であることは十分承知していた。
その辺りから考えると、人間の魂を食べないことが、食事を取らないことに繋がるのは分かる。
ただ人間の魂を食べないと言うダンデ達が、飢えている様子は見たことがないので、五十鈴は異形の言った『拷問』という言葉がいまいち理解出来ずにいた。
すると異形はさもおかしそうにころころと笑う。
「ほほ、呆けた顔をしておるの。もしや、何も聞かされておらんのか? 大事にされておるのか、それとも恐れられるのが嫌なのか……いやはや、異形狩りを生業にしておるくせに、肝っ玉が小さいのう。まるでマンボウのようではないか」
「失礼ですよ、あなた。図体だけではなく、性根の悪さも肥大しているのでは?」
「……はぁ?」
嫌味の応酬に先に負けたのは魚の異形だった。
ぴくりと反応した彼女――恐らく女性であろう異形は、大きな目を血走らせ、ぎろりとダンデを睨む。
そのとたんに体中から、先ほどダンデを貫いたものと同じ白い光が、彼女の怒りに呼応するようにバチバチと迸り始めた。
「わらわが……このわらわが、言うに事欠いてデブじゃと……?」
「そっ、そこまではダンデさんも言っておりませんわ!」
剣呑な彼女の声を聞いて、五十鈴は慌ててフォローをいれた。
確かにダンデは図体と少の悪さが肥大しているとは言った。しかし直接的な表現は避けていたのだ。
もちろんそれも、とんでもなく失礼な言い方ではあったものの――それはお互い様である。
「聞いていると、どっちもどっちの発言でしたのよ。それからマンボウさんだって一生懸命生きておりますの。失礼なことを仰らないでくださいまし」
「む? う、うむ……言われてみれば確かにそうじゃの。マンボウには失礼じゃった」
そして先に反省したのも魚の異形の方だった。彼女は意外と素直な性格なのかもしれない。
それならば、もしかしたら対話でどうにかなるのでは。
五十鈴の頭にそんな考えが一瞬浮かんだが、
「無駄でございますよ、お嬢様。人の味を覚えた異形は、そう簡単には直りません」
ほぼ同時にダンデからぴしゃりと却下されてしまった。
五十鈴はむうと唇を尖らせた。
「心を読むのはやめてくださいまし。びっくりしてしまいますの!」
「ふふ、失礼いたしました。お嬢様は考えていることが、かわいらしいお顔に出るので……」
ダンデはくすくすと笑いながら、彼の得物であるサーベルを出現させた。
そしてその柄を握り、淡く光る切っ先を魚の異形へ向ける。
「あれは、数えきれないくらいの人間の魂を食べておりますよ。そういう臭いがします。ですから話し合いは無駄でございます。あそこまで育った以上、味を忘れるなんてできやしない」
ダンデは冷たく言い切った。
その声には魚の異形へ対する嫌悪の感情がにじみ出ていた。
「育って……あ、もしかして体が大きな異形さんというのは」
「ええ」
ダンデは頷き、少しだけ間を空けて、
「異形はね、人間の魂を喰らった分だけ、体が大きくなるのでございます」
と言った。




