#31 ひとまず「ごはん」は回避できた
「お嬢様、お怪我はございませんか?」
ダンデは少女へ向けたものと違って優しく、今度は五十鈴にそう問いかける。
聞き慣れたその声に安堵しつつ、五十鈴はこくこくと頷いた。
「はいっ! 大丈夫ですわ!」
「ああ、良かった……! 戻るのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、そんなこと全然ありませんの。ばっちり間に合ってくださいましたもの!」
何せ、食べられるか否かの問答中だったのだ。こうして魂をひと口も食べられることもなくダンデと再会出来たならば、もうこれ以上はないくらい最上の結果である。
そうしていると開いたままのドアから、アルヴェアーレとリカントもやって来た。どうやら外まで声が届いていたようで、二人は怪訝そうな表情をしている。
「おいおい、何の騒ぎだね、これは……」
「げっ、何であいつがいるんだよ……」
少女を見てアルヴェアーレは眉根を寄せ、リカントは露骨に顔をしかめる。やはり知り合いに間違いはなかったようだ。
そんな彼女達の反応を見ても、少女は何とも感じていないようで、
「お久しぶりね、アルヴェアーレ」
なんて嫋やかに微笑んで、右手をひらひらと振ってみせる。
「ダンデさん、この方、やっぱり常連さんですの?」
「ええ、そうでございます。ただ、ここしばらくは顔をお見せになっていませんでしたが……」
ダンデはそこで一度言葉を区切って、
「私の質問への返答がまだでございますよ、ハイデローゼ」
再び少女――ハイデローゼと呼んだ異形へ質問を投げかけた。その声には相変わらず険があり、ダンデの怒りがまだ収まっていないことがよく分かる。
するとハイデローゼはわざとらしく目を丸くして、両手で口を押える。
「まぁ、ダンデったら怖い。私、久しぶりにお食事をしに来ただけなのよ?」
「入口には施錠をしてあったはずですし、準備中の看板も出しておりましたが?」
「ええ、そうね。でも、お腹が空いちゃったんだもの。仕方ないでしょう? こんな鍵くらい簡単に開けられるわ」
「鍵を勝手に開けるんじゃないよ、君は……」
アルヴェアーレがうんざりしたように半眼になる。しかし、それでもやはりハイデローゼは気にしない。
「だって空腹はどうにもならないものだわ。それに外からも分かるくらい美味しそうな香りがしたし……」
ハイデローゼはダンデの後ろ、彼の体にすっぽりと隠れた五十鈴へと視線を向ける。
「だから入っちゃった」
そして、てへ、とかわいらしく笑った。
その一切悪びれない態度に、ダンデの纏う空気が一段階低くなる。とたんにアルヴェアーレはこめかみを押さえ、深々とため息を吐いた。
「入っちゃった、ではないよ。空腹がどうしようもないのは理解できるが、だとしても外で待っていなさい」
「ごめんなさい。うふふ」
「まったく……ほら、ダンデ。もう大丈夫だから、殺気をしまいなさい」
「………………分かりました」
アルヴェアーレにそう言われたダンデは、しぶしぶと言った様子で体の力を抜いた。しかし彼は五十鈴の前からどこうとしない。ハイデローゼの視線を五十鈴に向けないように、間でがっちりとガードしてくれていた。
「あらあら、ダンデにしては珍しいわ。ずいぶんその子が気に入っているのね?」
「ハイデローゼ、喧嘩を売るんじゃない」
「おや、喧嘩なら買いますよ。私、虫の居所が悪いので」
「ダンデ、お前も挑発に乗るんじゃない。まったく……何でこうなるんだ……」
一触即発な二人を見て、アルヴェアーレは疲れた様子で肩をすくめたのだった。
* * *
その後、アルヴェアーレからしっかりと「五十鈴はごはんではない」とハイデローゼに説明してもらい何と納得してもらうと、ひとまず全員で一息入れることにした。
カフェ・フロストの四人掛けの席に五十鈴とダンデが並んで座り、その向かい側がアルヴェアーレとハイデローゼだ。リカントだけは「そいつがいると落ち着かないんで、給仕やります」と手を挙げて、颯爽と逃げてしまった。
五十鈴もどうせならそちらが良かったが、今回の件では当事者のためそうもいかない。だからダンデの隣で、ちょこんと座っていた。
「五十鈴、改めてになるが、怖い思いをさせてすまなかった」
席について早々にアルヴェアーレはそう頭を下げた。
「いえ! こうして無事でいられましたもの、大丈夫ですわ!」
五十鈴は慌てて首を横に振った。
アルヴェアーレに非はないし、そもそも先ほどダンデに言った通り、結果として五十鈴は無事でいられたのだ。だから大丈夫だと五十鈴が伝えれば、アルヴェアーレは申し訳なさそうな顔のまま「そうか……」とつぶやいた。
「というか、悪いのはハイデローゼだけじゃないっすか」
するとそのタイミングで、四人分のカプチーノを戻って持ってきたリカントが、それぞれの前にカップを置きながらすっぱりと言い切った。




