#2 ダンデの頼み事
「大きな声を出して申し訳ありません……! えっと、ご協力と仰ったかしら。それは構いませんけれど……」
叫んだおかげですっかり気持ちが落ち着いた五十鈴は、異形の紳士ことダンデ・ライオンを見上げた。どう見ても彼も異形だが、先ほどまで五十鈴を追いかけ回して異形と比べると恐ろしさは無い。
その理由は彼の白くてふわふわした綿毛のような頭にもあるのだろう。顔のパーツが何一つついていない異形ではあるが、怖気よりファンシーさが勝っている。
しかし五十鈴は少し気になることがあった。
「あの、ダンデさん。ひとつお伺いしたいことがあるのですが……」
「はい、何でございましょう?」
「ダンデさんの目はどちらにありますの?」
「どちらに……とは?」
五十鈴の質問にダンデは不思議そうに首を傾げた。
実際に疑問だったのだろう。今の状況で、最初に飛び出した質問が「目はどこにあるのか」なのだ。質問の意図すら謎に思っても仕方がない。
ただ五十鈴としてはちゃんとした理由がある。家族から「誰かと話をする時は、相手の目を見てしなさいね」と教えられているからだ。
根が真面目な五十鈴は、こういう状況であっても気になってしまうのである。
「そうですね、どちらに……と言われましても、ご覧の通りでございますとしかお答えが出来ないのですが」
「えっと、ダンデさんのお顔には、目がどこにもありませんの」
「ええ、その通りでございますよ、お嬢さん。ただお嬢さん達には見えないだけであるにはあるのです」
「あらまあ、そうなんですの?」
五十鈴は驚いて目を丸くした。どうやら「そこになければないですね」というわけではないらしい。
「では、どちらにあるかだけ、教えていただいてもよろしいですか?」
「ええっと、こちらでございますが……」
五十鈴はずいっと一歩分だけ前へ出てもう一度訊ねると、ダンデは少々困惑しながらも、顔の上半分を指差して押してくれた。ちょうど人間の頭であったら目がついていそうな辺りだ。見えなくてもついている場所は同じらしい。
それを知って、五十鈴は柔和な表情を浮かべ「ありがとうございますの!」とお礼を言った。
「これでお話がしやすくなりましたの。それでは続きをお願いいたしますわっ」
「あ、ああ……はい。ええっと、お嬢さんにお願いしたい協力とは、ずばり……」
するとダンデはそこで言葉を少し溜めた。
勿体点けるような彼の態度に、五十鈴は果たして何を頼まれるのかと唾を呑み込んで、ダンデを凝視する。
それから数秒。
ダンデはその見えない口を重々しく開いて、
「――餌、でございます」
あまりにも物騒な言葉を放った。
五十鈴の顔から一瞬で血の気が引いた。
「いいい嫌ですの! 美味しく食べられてしまうのは嫌ですの!」
五十鈴は顔をブンブン振って断った。誰だって餌になんてなりたくないからだ。
五十鈴はそのままジリジリと後ずさり、ダンデから距離を取る。
するとそれを見てダンデが手を口に当て「あっ」と小さな声を漏らした。
「私としたことが、言い間違えてしまいました」
「い、言い間違え……?」
五十鈴はぴたりと動きを止める。
何をどう間違えれば餌という言葉になるのか甚だ疑問だが、それでも違っているならば良かったと、ほっと胸を撫でおろす。
「それでは本当は何ですの?」
緊張感から解き放たれたせいで、少し気の抜けた五十鈴は、何の身構えもせずそう訊ねる。
「お願いしたいのは囮でございます!」
すると何の訂正にもなっていない発言が、自信満々に放たれた。
「どっちもほとんど同じですの! 二文字が三文字になっただけですわ! 何なら漢字だと同じく一文字ですの!」
「お嬢さん……何て賢いツッコミを……」
――さて、そんな調子で賑やかになってしまったが、そもそも五十鈴はどうしてこんなことになっているのか。
それは今から遡ること一時間前。五十鈴が仲の良い友人と怪談話をしていた直後に起こった、とある『異変』から始まった。




