#1 異形の紳士
藤原五十鈴はお嬢様だ。
おっとりとしたピアニストの母と、寡黙で優しい作曲家の父という音楽一家に生まれ、自身も幼い頃からピアノを嗜んでいる。
しかし将来その道に進むかと言えば、そこは未定だった。
何せまだ今年の春に十七歳になったばかりで、やってみたいことも、なってみたいものもたくさんあるのだ。
とは言え今一番なってみたいのは大人である。
何故なら五十鈴は、高校二年生になった今でも、中学生に間違われるくらい幼い容姿をしているからだ。
くりくりした黒い瞳に、艶のある長い黒髪。顔立ちは愛嬌があってかわいらしく、体格は小柄――そのためリスのような小動物を彷彿とさせる。
そんな容姿をしているものだから、どうしても実年齢よりも下に見られてしまうのが、五十鈴にとってちょっとしたコンプレックスだった。
――さて、そんな五十鈴だが、それ以上の悩みがある。
五十鈴はここ一年ほど原因不明の不調を二つ抱えている。
一つは髪の毛の毛先が白く変色してしまうこと。
もう一つは学校へ登校すると一日中ずっと、記憶があやふやなくらい頭がぼうっとしてしまうことだ。
何故そうなってしまったのか病院でも診察してもらっている。
しかし、残念ながら原因は何も分からないままだった。
だが、それもそのはずだ。五十鈴の不調の原因は、異形にあったのだから。
* * *
「お嬢さん、どうかこの私めに、今しばらく協力していただけないでしょうか?」
赤く深い夕焼け色に染まった学校で、五十鈴は自身を助けてくれた異形の紳士から深々と頭を下げられ、そう頼まれた。
その優雅な仕草に合わせて、彼を異形たらしめるその頭――白くてふわふわした綿毛のような何かが柔らかく揺れる。
(たんぽぽの綿毛みたいですわ……)
異形の頭を見て五十鈴がまず思ったのはそれだった。
人間ではないとひと目で分かるほどの異形の頭が、五十鈴よりも背の高い、恐らく成人男性であろう相手の首の上に乗っているのだ。
百歩譲ってアフロのような被り物と見えなくもないが、その場合は別の意味で様子がおかしいことになるので、まずありえないだろうと五十鈴は思いながら、相手の頭を凝視する。
「…………」
「…………」
五十鈴はポカンと口を開けたまま、ダンデは頭を下げたまま。
二人は向かい合った状態で、無言でお互いの反応を待っていた。
「――というわけで!」
しばらくして、その静寂を破ったのは異形頭だった。
彼は言葉と共に勢い良く顔を上げる。
体を起こしたタイミングで、左手で腰の辺りをさすっていたので、恐らくあの態勢は相当腰に負担が掛かっていたのだろう。
それから彼は優雅な動作で、執事服の胸ポケットから名刺を取り出した。
「まずはご挨拶させていただきます。私、こういう者でございます」
「あ、これはどうもご丁寧に……」
差し出された名刺を五十鈴は慣れた手つきで受け取る。普段お嬢様なんてものをやっているおかげで、こういうものを受け取る機会も多いのだ。
そして五十鈴は受け取ってすぐに名刺に目を通す。彼の名刺は光沢のある白地に、金のインクで箔押しがされた、お洒落なデザインのものだった。
そこにはこう記されている。
「カフェ・フロスト、異形討伐担当ダンデ・ライオン……?」
声に出して読み上げて、五十鈴はゆっくりと顔を上げる。
そして目の前にいる異形の、特徴的な頭をもう一度じっと見つめた。
(白くて、ふわふわして、そしてお名前がダンデ・ライオン……)
つまり、それは。
「やっぱりたんぽぽですわー!?」
五十鈴は思わず叫んだ。
だって、たんぽぽの綿毛のような異形頭の紳士の名前が、ダンデ・ライオンなのだ。名は体を表すとはまさにこのことである。
「いえいえ、たんぽぽではありませんよ?」
ただ当の本人は、あっけらかんとした様子で首を振っていたけれど。




