#0 出会い
タールのように黒い異形が、真っ赤な口を開けている。
それが何であるのか五十鈴には分からない。気が付いたら追いかけられていたからだ。
異形はその長身で五十鈴をじっとりと見下ろしながらこう告げる。
「ご はん」
その口から発せられたのは、鼓膜を不快に震わせるような、独特の響きを持った声だ。
聞いたとたんに五十鈴の肌が一瞬で粟立った。恐怖と緊張と、ここまで全力疾走で逃げてきた五十鈴の心臓が、破れてしまいそうなくらい激しく鳴る。
喘ぐように息を吐きながら五十鈴は、何とか異形から距離を取る。
(――嫌)
どうしてこうなったのか五十鈴には分からない。
分かるのは異形が自分を『餌』だと認識して襲い掛かってきたことだけだ。
(――嫌です)
五十鈴はごくりと唾を呑み込んだ。
このまま家族にも友人にも会えないまま、訳の分からないまま死にたくない。
そう思った時、五十鈴の口からは自然と「助けて」と声が零れた。
「ええ、もちろんですともお嬢さん」
――その瞬間、五十鈴の懇願に応えるかのように、穏やかな声が響いた。
直後に五十鈴のすぐそばを、黒い風のようなものが颯爽と駆け抜けて行った。
五十鈴は思わず息を呑んで、その黒い何かを目で追いかける。
するとそこには執事服を着た、たんぽぽの綿毛のような頭を持つ異形が立っていた。
異形は右手に淡く光るサーベルを携えている。
そして五十鈴を喰らおうと大きな口を開けた異形を、一瞬の煌めきのもと軽々と切り伏せたのだった。




