#9 何やら様子が変ですね?
それ後、異形には立て続けに二匹遭遇することが出来た。恐らくだが、犬のような異形が五十鈴達に襲いかかったのを見て、自分もと考えたのではないだろうか。先ほどまで五十鈴ですら感じていた、こちらの様子をちらちら窺う視線も今はまったく感じない。
(これで全部……なのかしら)
それならそれでありがたいのだけれど、と思いながら五十鈴は歩く。しかし気を抜くわけにいかない。何せここは五十鈴の常識が通じない異界なのだ。少しでも楽観的なことを考えれば、あっという間にジ・エンドの可能性が高い。せっかくここまで来たのに、ぺろりと食べられてしまっては元も子もない。
「お嬢さん、大丈夫ですか? 疲れていませんか?」
そうしているとダンデから声をかけられた。五十鈴は彼を見上げると、にこっと笑ってみせる。
「ちょっとだけ。でも体力はずいぶん回復しましたの。ですからこちらは気疲れの方と言いますか……」
「美味しそうなどと命を狙われていればそれはそうでございましょう。お嬢さんは良く頑張ってらっしゃる」
「まあ、そんな褒められたら本当に頑張っている気になってしまいますわ。体を張ってくださっているのはダンデさんですのに」
「いえいえ。私のこれは日常的なものですので、それほど大変でもないのですよ」
そんな話をしながら五十鈴とダンデは学校の屋上を目指して歩く。砂時計に必要な分の異形を倒したことで、元の世界へ戻るための塵が溜まったのだ。
「ここまで来ればもう少しです。あとはお嬢さんの世界へと繋がる出入り口から出るだけ」
「えっと……屋上にありますのよね?」
「はい、その通りでございます。何か気になることでも?」
「いえ、大したことじゃありませんの。個人的なお話ですのよ。実はわたくし、学校の屋上へ行ったことがなくて」
「おや、そうなのですか? お嬢さんの歳なら…………失礼ですが何年生ですか?」
「高校二年生ですの」
「こっ、高二!?」
五十鈴が素直に答えると、ダンデはその場に立ち止まって、大げさに仰け反った。分かりやすいまでの驚きぶりに、五十鈴は彼からどういう目で見られていたのかを理解して、がっくりと肩を落とす。
「ううっ、やっぱりダンデさんにも、もっと年が下だと思われていましたのね……」
「あっ! ああ、いえ! その……ああ……言い訳は逆に失礼でございますね……。その、はい。正直に申しますと、中学生くらいかと思っておりました」
申し訳なさそうに言うダンデに、五十鈴は苦笑する。
「構いませんわ。あ、いえ、本当は構いますけれど! でも、気になさらないでくださいまし。昔から、そう見られることが多いんですの」
小柄な体格と年齢のわりに幼い顔立ちのせいで、五十鈴は実年齢より下に見られがちなのだ。高校生の今は中学生に、中学生の頃は制服を着ているにも関わらず小学生に間違われたことがある。今思い出しても、あれは五十鈴にとってはなかなかにショッキングな出来事だった。
とは言え五十鈴ももう高校二年生だ。あと数年で二十歳を迎える今、大人になってから子供と間違われるよりは、子供のうちに子供と間違われる方がマシであることを悟っていた。だから今、実年齢より下に間違われても気にしいない――こともないが、昔よりはさらっと流せるようになっている。
「ですので、ダンデさんは本当にお気になさらず……」
「ああっ! わ、私としたことが、何たる……何たる失敗をっ!」
大丈夫ですよと五十鈴が言いかけた時、ダンデはその異形頭を抱えて叫んだ。まるで演劇の舞台のように、大げさに嘆き始めたダンデを見て、五十鈴は目を丸くする。
「あ、あのダンデさん? どうなさいましたの……?」
「こんなっ、こんな初歩的なミスを犯してしまうだなんて……! 完璧超人なダンデ・ライオンとして、お嬢様に覚えていただく計画が!」
「か、完璧超人……?」
とたんにダンデは胡乱なことまで口走り始めた。完璧超人なダンデ・ライオンって何だろうと、五十鈴は呆気に取られながら彼を見る。そうして少し考えて、一番最後の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「計画って何ですの?」
ダンデの勢い驚いて、うっかり聞き流しかけたその単語について五十鈴は訊ねる。するとダンデはハッとした様子で動きを止め、まるで錆びた扉が開くようなぎこちない動きで五十鈴の方へ顔を向けた。
「えっ、あっ……」
顔のパーツがないため表情は分からないが「まずい」と思っているのは雰囲気で察することができた。ダンデは視線をきょろきょろと彷徨わせるように、忙しなく頭を動かしている。
呑気でおっとりした五十鈴でもこれならば分かる。ダンデは何か隠している。
「ダンデさん?」
五十鈴はずい、とダンデに近付いて、彼の頭をじっと見上げる。ダンデは「あう……」と狼狽えていたが、五十鈴が目を逸らさないことでようやく観念したようで、
「じ、実は……私……執事というものに憧れているのでございます」
なんて白状した。




