#10 執事になりたい異形さん
「執事?」
五十鈴はきょとんとして、ダンデの言葉を訊き返した。五十鈴の質問に対する答えであるのは分かるが、それがどうして「執事に憧れている」という理由に繋がるのか理解出来なかったからだ。だから五十鈴が確認するように訊いたところ、ダンデからは「はい……」という蚊の鳴くような声が聞えた。
「お嬢さんは、その……いわゆる『お嬢様』でございますよね? 言葉遣いからそうではないかと思っているのですが……」
「え、ええ、はい。そう言われておりますの」
口調で判断するのもどうかとは思うが、彼の言う通り五十鈴はお嬢様だ。自分で「お嬢様です!」なんて言うことはないけれど事実であるし、気が付いたら周囲の人達も五十鈴をそう呼んでいる。
だから五十鈴がこくんと頷いてみせると、
「やはりそうでしたかっ!」
ダンデが急に元気になった。弾けるような声と共に背筋を伸ばしたダンデは、胸に手を当ててきりっとした雰囲気になる。
「執事にはお嬢様や奥様、旦那様――主人の存在が不可欠でございます」
「そ、それは確かに……?」
ダンデの言う通り、雇い主のいない執事というものは五十鈴も聞いたことがない。たまにテレビドラマなどで、フリーの執事みたいな登場人物はいるものの、実際にそういう立ち位置の者は稀だろう。そう思いながら五十鈴は、何やら熱く語り始めたダンデを見て困惑しつつ肯定してみせる。するとダンデは「ですよね!」と嬉しそうに頷いた。
「先ほど、お嬢さんと初めてお会いした時に私の胸は高鳴りました……。異界へ引っ張り込まれた方がいると上司から連絡があって、こうして駆け付けたわけですが、その相手がまさかお嬢様だったとは! このダンデ・ライオン……今日ほど自分の運に感謝したことはございません!」
「は、はあ……」
ダンデのテンションは、うなぎ上りもかくやと言わんばかりにどんどん上がって行く。その熱量や、何故そこまで興奮するのかは五十鈴にはちょっと分からない。けれどもダンデが執事というものに対して並々ならぬ情熱を持っていることは理解出来た。
それはそれとして――ではその流れからの「計画」とは一体何なのだろうか。五十鈴がダンデの話に相槌を打ちながら訊いていると、やがてその答えがやって来る。
「そこで私は思ったのです。ここで恩を売って完璧超人な私を演じ切ってみせれば、執事として雇ってもらえないか売り込むことができるのでは、と!」
「…………」
五十鈴は目をぱちぱちと瞬いた。何なのだろう、その計画は。綿密なのか杜撰なのか、もしくはその中間点なのか、大変判断に迷う計画に五十鈴は呆気に取られながらも、ややあってゆっくりと首を横に振る。
「その……大変言い辛いことなのですが、わたくしの家は、執事さんを特に必要としておりませんのよ」
「えっ!?」
ダンデは雷にでも打たれたかのように硬直し、手で胸を抑えてよろよろと後ずさった。
「ひ、必要ない……でございますか……? そ、そんな……」
「あっ! いえ、えっと、必要ないと言うより、していただくことがないと言いますか……」
ダンデがあまりにもショックを受けている様子だったので、五十鈴は慌ててそう補足した。
確かに五十鈴の家はちょっとびっくりするくらいのお金持ちだ。住んでいる家は豪邸と呼ばれるほど広いし、だからこそ身の周りのあれこれや家事全般を手伝ってもらうために運転手やお手伝いさん等を何人か雇っている。そして彼女達だけでちゃんと家は回っていて、そして仕事量も問題ないですよ、と言ってくれているので、今のところは人を増やす必要がないのだ。
だから「執事になりたい!」というダンデの主張だけでは、彼を雇うのは難しい。もちろん五十鈴の命の恩人であることを伝えれば、両親も考えてはくれるだろうけれど。そんなことを五十鈴が柔らかく伝えると、打ちひしがれていたダンデの様子が少しだけ変化した。
「なるほど……理解いたしました。つまりセールスポイントが重要ということでございますね」
「そ、そうでしたかしら……?」
五十鈴は首を傾げた。確かにそういう問題ではあるが、そういう話ではない気がする。しかしダンデの耳には五十鈴のつぶやきは届いていないようだ。ダンデは「よし、やりますよ」と両手を握って、何やらやる気を出していた、
「まずは五十鈴お嬢様を、無事にこの世界から助け出してから勝負でございます! ええ、アピールポイントの目星はついておりますから!」
そして握った拳の片方を高く突き上げて、そんなことを言っている。ついでに五十鈴の呼び方まで「お嬢さん」から「お嬢様」に変化していた。
(何だか変なことになってきましたわ……!)
アピールポイントの目星とは一体何なのか。そこが妙に気になりつつも、ダンデが元気になってくれたらいいかと五十鈴は苦笑しつつ、彼の話を聞いていたのだった。




