第五話「鳴り止まない音」
朝、目が覚める前から、音がしていた。
ブーブー、と短く震える音。
夢の中でも聞こえていた気がする。
目を開ける。
天井がぼやけている。
頭が重い。
体も動かない。
スマホがまた震える。
今度は長く。
しつこく。
「……うるさい」
枕に顔を押し付けたまま、呟く。
止まらない。
仕方なく手を伸ばす。
画面を見る。
着信 不在着信(8件)
メッセージ(12件)
全部、同じような名前。
知らない番号。
会社名。
一つだけ、知っている名前。
「大地」
それを無視して、先に別の通知を開く。
『至急ご連絡ください』
『お支払いが確認できておりません』
『このままですと——』
途中で閉じる。
最後まで読む必要はない。
内容は全部同じだから。
スマホを伏せる。
静かになる。
——と思った瞬間、また震える。
「……はぁ」
ため息が漏れる。
通知を切る設定にしようか、一瞬考える。
でもやめる。
“何かあったときに困るから”
その“何か”が何なのかは、考えない。
起き上がる。
頭がぼんやりしている。
昨日のことを思い出す。
勝って、負けて、また借りて。
そこから先は、あまり覚えていない。
テーブルの上に財布。
開く。
空。
分かっていた。
でも、毎回確認してしまう。
スマホがまた震える。
今度は、非通知。
手が止まる。
出るか、出ないか。
出たくない。
でも、出ないと終わらない気がする。
指が、勝手に動く。
「……もしもし」
『○○ファイナンスの者ですが——』
その瞬間、心臓が強く跳ねる。
体が一気に固くなる。
『ご返済についてご連絡させていただいております』
分かっている。
全部、分かっている。
「……今、ちょっと」
言い訳を探す。
でも、うまく出てこない。
『いつ頃ご対応いただけますか?』
声は落ち着いている。
怒っていない。
でも、それが逆に逃げ場をなくす。
「……来週には」
とりあえず言う。
考える前に。
『具体的な日付を教えていただけますか?』
詰まる。
来週なんて、何も決まっていない。
「……えっと、給料入るんで」
また嘘。
『何日でしょうか?』
逃げられない。
「……15日」
適当に言う。
カレンダーなんて見ていない。
『承知しました。それまでにご入金の確認が取れない場合——』
その先を聞く前に、頭が真っ白になる。
「はい、大丈夫です」
遮るように言う。
早く終わらせたい。
通話を切る。
一気に力が抜ける。
その場に座り込む。
「……無理やろ」
小さく呟く。
15日。
何も根拠がない。
むしろ、その前に詰む可能性の方が高い。
スマホを見る。
また通知。
また着信。
止まらない。
「……無視でええか」
呟く。
でも、無視したところで消えるわけじゃない。
頭の中で、ずっと鳴り続ける。
ブーブー、ブーブー。
実際の音じゃなくても、聞こえる気がする。
そのとき。
別の通知。
大地。
『今日、会える?』
少しだけ、手が止まる。
開く。
『ちゃんと話したい』
胸の奥がざわつく。
でも。
今の状態で会う?
借金。
嘘。
督促。
全部抱えたまま。
「……無理やろ」
返信画面を開く。
指が止まる。
正直に言うか。
無理。
じゃあ、何て返す?
いつも通り。
「今日もバイト」
送信。
一秒も迷わなかった。
送ったあと、少しだけ胸が痛む。
でも、その痛みもすぐに消える。
代わりに来るのは、別の感覚。
——今日、どうする?
金がない。
でも、頭の中ではもう動いている。
・どこから借りるか
・どのカードがまだ使えるか
・どの時間帯が出やすいか
「……終わってるな」
また呟く。
でも、その言葉に意味はない。
体はもう、次の動きを考えている。
スマホがまた震える。
止まらない音。
その音から逃げるように、沙紀は部屋を出た。




