第四話「当たった日の顔」
店に入った瞬間、体が軽くなる。
さっきまでの重さが、嘘みたいに消えている。
借金も、大地も、全部。
ここでは関係ない。
席に座る。
手が迷わない。
コインを入れる。
回す。
最初は、いつも通りだった。
外れ。
また外れ。
何も起きない時間。
「やっぱ無理か…」
小さく呟く。
頭のどこかで、まだ冷静な自分がいる。
帰った方がいい。
ここでやめれば、まだ傷は浅い。
でも、手は止まらない。
もう少しだけ。
あと一回。
いつもの流れ。
そのとき。
画面が変わる。
音が変わる。
光が強くなる。
一瞬、思考が止まる。
「……え?」
次の瞬間。
確信に変わる。
当たった。
体の奥が一気に熱くなる。
さっきまでの重さが、全部吹き飛ぶ。
「……っしゃ」
小さく、でもはっきり声が出る。
そこからは、早かった。
当たりが続く。
玉が増える。
箱が積まれる。
周りの視線が、少しだけ集まる。
それが気持ちいい。
——やっぱり、いけるやん。
さっきまで「終わってる」と思っていた自分が、
急に“まだやれる側”に戻る。
手元の数字が増えていく。
現実の数字じゃない。
でも、確かに増えている。
「……5万はいったな」
冷静に計算する。
いや、冷静なふりをしているだけだ。
「10万もいけるかも」
欲が、すぐに上書きする。
スマホを取り出す。
大地からのメッセージが、そのまま残っている。
『一緒に考えよ』
画面を見て、少しだけ笑う。
「大丈夫やし」
小さく呟く。
今なら言える。
根拠のない自信が、はっきり形を持つ。
——これ、全部返せるやん。
頭の中で、一気に未来が書き換わる。
・借金を一気に減らす
・大地にちゃんと返す
・ちゃんとした生活に戻る
全部、“可能”に見える。
だから、やめられない。
「ここでやめたら、もったいない」
自然にそう思う。
さっきまで「5万でいい」と思っていたのに。
もうそのラインは消えている。
もっと。
もう少し。
その感覚が、どんどん強くなる。
当たりは、少しずつ落ち着いていく。
でも、やめない。
「まだいける」
言い聞かせる。
そして。
流れが変わる。
当たらない。
回す。
外れる。
回す。
外れる。
「……まぁ、波あるし」
軽く流す。
さっきの勢いがあるから、まだ余裕がある。
でも、少しずつ減っていく。
箱が減る。
手元の玉が減る。
「……いや、まだプラスやし」
自分に言い聞かせる。
でも、さっき見えていた“10万”はもうない。
「……あと一回当たれば」
ラインが下がる。
「5万でええから」
さらに下がる。
気づけば、“最初に決めたライン”に戻っている。
でも、やめない。
なぜか。
「ここでやめたら、負けた気する」
その感覚が、全てを上書きする。
気づけば、さっきの勝ちは消えていた。
さらに回す。
追加で現金を入れる。
「……取り返せるし」
その言葉が、また出る。
結果。
全部、消えた。
手元に残ったのは、空の財布と、
さっきより増えた借金。
席を立つ。
足が重い。
さっきと同じ場所。
同じ空気。
でも、全く違う。
外に出る。
夜風が冷たい。
さっきまでの“勝てる感覚”は、もうどこにもない。
残っているのは。
「……何してんねやろ」
それだけだった。
スマホが震える。
大地から。
『どう?話せる?』
画面を見る。
少しだけ考える。
でも、指は動く。
「今バイト中」
また、嘘をついた。




