第二話「スイカの種を吐いたら高級ブランドが実った」
パパンー千葉忠左衛門(1766-1831)
北辰一刀流:千葉周作・千葉定吉の父
なんつーか、化物、1年で免状とか色々おかしい
作者は末裔です。
もしもモンハン世界に武家がいて全員バカだったらのノリで書いています。
パパンとこの神社は境内から色々テキトーに生えてきます、尿漏れみたいに神気が漏れているせいで
https://chibasi.net/shuusaku12.htm#chuzaemon
沖田アイルーモード
土方アイルーモード
おっさん'S パパン浅利BA
パパン
ギルド兼古龍観測所の公務員寮は、朝になると妙に乾いた風が吹く。訓練場帰りの汗と鉄の匂い、誰かが昨夜こぼした酒の名残、干しっぱなしの手ぬぐい、そのへんの生活感にまみれた中庭で、Aが窓を開けて、食後のスイカを噛みながら種を一粒だけ舌先で弾いた。
「ぷっ」
黒い種は朝日をひとつだけ弾いて、ひゅんと芝生の隅に落ちた。Bが横でそれを見て鼻で笑い、同じようにもう一粒。
「俺も」
「お前ほんと無駄に追随性高いな」
「お前が先に無駄を始めたんだろ」
それだけだった。少なくとも、その瞬間までは。
翌朝、中庭は地獄みたいに高そうな匂いを放っていた。
周作が寮の門をくぐって最初に固まった。朝露の乗った芝の上に、黒い枝でも生えたかと思ったのだ。だが近づくにつれ、それが枝ではなく持ち手であり、葉ではなく革であり、花でも実でもなく、見事に磨かれた鞄や財布や靴やベルトだとわかった瞬間、彼の口がぽかんと開いたまま閉じなくなった。
「ぼ、僕、まだ寝てますか」
その横で定吉も立ち止まる。いつもなら兄上補給のために朝から周作の袖を引っ張る男が、今日は逆に兄の袖を掴んだ。
「兄上、安心してください。僕も同じ幻覚を見ています」
芝生を突き破って伸びていたのは、黒と茶の革の幹、金具のついた枝、そして枝先にぶら下がる無駄に上品なバッグの群れだった。しかも一個や二個ではない。どこから見ても、どう見ても、村ひとつの年収をまとめて土に埋めたみたいな実り方をしている。
そこへ浅利が来た。いつものように紺の着物の裾を静かに捌き、薬草籠を片手に中庭へ入ってきたものの、三歩目で止まった。眼鏡の奥の目が細くなり、やがて枝先のタグをひとつ摘まむ。
「これはなんとも見事な」
さらりと持ち上げた先には、保証書までついた真新しい高級ブランドのバッグが揺れていた。浅利はそれを裏返し、縫い目まで見て、別の枝の財布も見て、最後に芝の上に転がった箱の中身を確かめてから、実に冷静な声で結論を出した。
「LOUIS VUITTON、CHANEL、GUCCI。全部本物ですね。保証書付きです。誰得ですか」
誰得ですか、のところでAとBが二階の窓から顔を出した。二人とも寝起きの面であるくせに、目だけがすでに面白がっている。
「俺らに聞くな」
「種吐いただけだぞ、俺らは」
「お前方以外に誰がこんな馬鹿な果樹園を作るんです」
浅利の声は静かだったが、その静かさが逆に怖い。Bが肩をすくめる。
「いや、酒が生えるつもりで吐いたわけじゃねぇんだよ。そこは俺も被害者だ」
「被害者面すんな。お前の人生、だいたい加害側だろ」
Aがそう言って笑ったところで、背後からからりと下駄の音がした。パパンが神社から歩いてきたのだ。銀白のくせ毛を朝日に透かし、白い小袖の袖をふわりと揺らしながら中庭に入ってきた彼は、三秒ほどブランドの樹を眺め、それから妙に素直に感心した。
「へぇ。いいね、これ」
周作が振り返る。定吉も振り返る。浅利はまだ無言で枝を見ている。パパンは幹に生えたバッグを指先で軽く叩き、金具の音を聞いてから首を傾げた。
「嫌いじゃないけど、僕らの狩猟スタイルだと、帆布とか革の丈夫な一点ものなんだよね。これは高いけど、岩場で擦ったら泣くでしょ」
「泣くのは使う側じゃなく財布です」
「それもそうだねぇ」
その会話の最中に、周作の目がどんどん輝きだした。まずバッグ、次に財布、次に革の手袋、最後にまだ箱に入ったままのサングラスまで見て、彼はとうとう前のめりになった。
「こ、これ、全部もらっていいですか」
即答だった。あまりにも即答だったので、定吉が兄の袖をもう一度引っ張る。
「兄上」
「だってすごいよ定吉、ほら見て、これ、金具が無駄にきれいで」
「兄上」
「革も柔らかいし」
「兄上、冷静になってください。村や王都の女の子たち、こういうのに興味ないですよ」
ぴたりと周作の動きが止まった。
「えっ」
「世界が違うんです。こっちの女の子はブランドロゴより、解体した飛竜を一人で担げるほうが話が早いです」
兄の顔から血の気が引いた。目の前のCHANELの財布より、今の一言のほうがよほど致命傷だった。そこへ浅利が、わざわざ追い討ちみたいに柔らかな声を落とす。
「贈り物で気を引こうなんて、非モテあるあるですねぇ」
周作がぐらりと揺れた。
「浅利先生、今のは刃です」
「刃物より浅くて済むでしょう」
「済んでません」
そのやり取りを、寮の塀の上から沖田と土方が見ていた。二匹とも朝の畑仕事帰りらしく、前足と袴の裾に土がついている。沖田がしっぽを振り、土方が呆れたように鼻を鳴らした。
「こないだ他の村のばーちゃんが、LOUIS VUITTONのボストンバッグに大根と里芋を詰めてたにゃ」
「にゃーは畑仕事してるおっちゃんがCHANELのサングラスかけて白菜に追肥してるの見たにゃ。完全に消耗品にゃ」
「やっぱり世界が違うんだねぇ」
パパンが笑うと、周作は両手で頭を抱えたまましゃがみ込んだ。定吉はそんな兄の肩に手を置きながらも、視線だけはちゃっかり枝先の財布を見ている。似た者兄弟である。
そのとき、地面がどすんと鳴った。ブルファンゴが中庭に入ってきたのだ。猪の巨体で、朝露の残る芝をばりばり踏みながら、ブランドの樹を見上げ、しばらく黙る。彼の青い片目の光が、金具に反射してちらついた。
「なんだこれ」
「スイカの種から生えたらしいですよ」
浅利が言うと、ブルファンゴは鼻先でひとつバッグを押し上げた。枝がしなり、高そうなボストンバッグが揺れる。その下で彼は低く唸る。
「丈夫そうではあるな。荷台に積んで山道走らせたら二回で死ぬだろうが」
「発想が雑すぎます」
「俺の用途はだいたい運搬だ」
そう返しながら、ブルファンゴが一歩下がる。すると近所の子どもたちが塀の向こうからわっと顔を出し、猪だ猪だと騒ぎ始めた。
「局長だー」
「猪肉だー」
「おい最後のやつ誰だ」
ブルファンゴが怒鳴る。だが子どもたちはきゃあきゃあ笑うばかりで、ひとりなど「今日の夕飯だ」とまで言い出した。Bが腹を抱えて笑った。
「お前、村のちびっ子相手に食材としてモテてんじゃん」
「笑うな。俺は毎回そこを否定するところから交流が始まるんだぞ」
「ひでぇ地域密着だな」
「地域密着の形が屠殺寸前なんですけど」
浅利が真顔でそう言ったあたりで、Aが二階からひらりと降りてきた。着地の拍子に芝を蹴り、ブランドの樹の根元を見て、土を指先で払う。
「しかし妙だな。種一粒でこうなるか普通」
「普通を今さら探すなよ」
Bも降りてくる。二人は幹の周囲を回って、枝ぶりだの根張りだのを無駄に真剣に観察し始めた。周作と定吉もつられてのぞき込む。すると根元の土の隙間から、まだ何か白いものがのぞいていた。
定吉が屈んでそれをつまみ上げる。封筒だった。しかも封蝋まで押されている。
「兄上、まだ生えてます」
「なにが」
「たぶん、請求書です」
一同、沈黙。
定吉が封を切る。中には達筆で、保証対象、修理規約、購入証明、そしてなぜか分割払いの案内まできっちり入っていた。AとBが同時に顔をしかめる。
「なんでだよ」
「現金一括で生えろや」
パパンが眼鏡を押し上げて笑う。
「いやあ、夢があるね」
「どこにです」
浅利が即座に返す。そこへ沖田が塀から飛び降り、封筒を覗き込んで耳をぴんと立てた。
「これ、畑に埋めたらさらに増えるやつにゃ?」
「やめろ。世界がシャネル畑になる」
「それはそれでおもしろいにゃ」
「おもしろくない。おっちゃんが全員無駄に気取る」
土方が真顔で言うと、Bが少し考えてからにやりとした。
「待てよ。サングラスだけ量産して村じゅうの畑に配ったら、全員ちょっとだけ腹立つ絵面になるな」
「やめてください。視覚的な治安が悪い」
浅利の制止は遅かった。Aがもうスコップを持っている。Bがもう枝を一本折って挿し木の角度を見ている。沖田と土方は塀の上でしっぽを立て、完全に面白がっている。ブルファンゴは「荷台に積めるサイズの革鞄ならいる」とか言い出し、周作はまだブランド品を恋愛に転用できないと知って膝をついたまま立ち直れていない。定吉だけが兄の背を撫でつつ、根元の封筒をもう一通掘り出していた。
「兄上」
「うん」
「こっちはギフト包装の案内でした」
「やめて。今の僕にそれは効く」
そこへパパンが、ふと思いついたみたいに空を見上げた。朝の光の中で、銀白の髪がふわりと揺れる。
「でもさあ、これがスイカの種でこうなるなら、他ので試したらどうなるんだろうね」
全員が止まる。
Aがゆっくり振り向いた。
「例えば」
パパンはにこっとした。
「酒のつまみの種とか」
Bの目が光った。沖田土方の耳も立った。ブルファンゴが鼻を鳴らし、浅利だけが静かに目を閉じる。
「ろくなことになりませんねぇ」
「今までろくなことになった日あったか?」
Aの一言で、場が一気に崩壊した。Bはもう寮の台所に走り、燻製用のスパイスやらナッツやら干し肉やらを抱えて戻ってくる。沖田と土方は「ジャーキーのなる木」「いぶりがっこのなる草」「一夜干しのなる棚」と勝手に未来を膨らませ、ブルファンゴは「それ売れるな」と現実的な目をし、定吉はすでに販路の算段を始め、周作だけがまだ「CHANELではだめなのか」と静かに死んでいた。
浅利がその騒ぎの真ん中で額を押さえる。だが止めない。止めても無駄だからだ。パパンがすでに新しい鉢を持ってきて、AとBが土を掘り、沖田土方が種になりそうなものを選別し、ブルファンゴが荷台で運搬路を確保する。朝の中庭はもうただの中庭ではなく、馬鹿が全力で農政を誤る現場になっていた。
そしてその端で、誰にも見られていないと思ったのか、定吉がそっと一本だけ黒い長財布を袖に滑り込ませる。だが浅利は見ていた。眼鏡の奥の細い目が、すっとだけ笑う。
「定吉」
「はい」
「それ、あとで会計簿につけてください」
「買ったことにするんですか」
「拾得物です」
「この家、税務が一番こわいですね」
そう言った瞬間、中庭の新しい畝が、ぼこりと不穏に持ち上がった。
全員の視線がそこへ集まる。
まだ何も出ていない。出ていないのに、嫌な予感だけがもう十分に生えていた。
バカしかいないバカが紡ぐ千葉家クロニクル




