その2:2026年2月16日月曜日・G県N市駅前「台湾酒場」①
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2月16日、月曜日。時間は12時。 喫茶「寄合館」を出てから30分。
まっすぐ向かえば5分もあれば駅前に着く距離を、アイラは大きく道を外れ、碁盤の目のように区切られた駅前商店街を、その目に沿うように西へ東へとゆっくり歩いていた。
駅正面のR通りを外れ、店の小さな看板がぽつぽつと立つ歩道を歩きながら、彼女は考え事をしていた。 「今日はAランチかBランチか……」と。
考え事をしながら歩いていると、時間の流れは本来よりも早く感じるものだ。 思っていた以上に時間が過ぎていることに気付いたアイラは、ゆっくりとした歩みに“20%の早歩き感”を加えたリズムで、今度は最短ルートに乗って駅前へと向かった。
◇◆◇
駅正面を走るR通りは、片側二車線の両端に歩道がある、N市駅前のメインストリートである。そこを中心に、西側・東側へと碁盤の目のように道が伸び、商店街が賑わいをつくっている。
ここには飲み処が多く、週末の夕方を過ぎると老いも若きも街へ繰り出し、賑やかな夜の風景に彩りを添える。
だが今は平日の昼間。 時間は11時54分25秒。 会社の昼休みには少し早く、駅前通りの人の往来も車の往来も穏やかだった。
そんな中、アイラは11時55分27秒に、待ち合わせ場所である「台湾酒場」の前に到着した。 待ち合わせ時間の5分前。 仕事柄なのか、彼女は時間に厳しい。 そして、これから会うアイラの友人もまた時間に厳しいタイプなのか―― 待ち合わせ時間5分前、二人はそこで顔を合わせることになった。
アイラが呼び出したこの友人は、アイラの見た目の印象とは正反対のタイプだ。黒髪のボブヘアに黒ぶち眼鏡を掛けた、知的な雰囲気の女性。黒のタートルネックニットに黒のシャツジャケットを羽織り、落ち着いた印象の服装。【ス】と背筋を伸ばして立つその姿は、どこか凛としている。
アイラに気付いた彼女は、小さく微笑みながら、右手を控えめに振った。 その仕草を見たアイラは、 ああ、今日も可愛いなぁ…… という思いをぐっと飲み込み、いつもの調子で声をかけた。
「おいーっす、カレン。わりぃな、急に誘って。」
「ううん、大丈夫。今日は予定もなかったし。」
カレンと呼ばれた彼女はそう言いながら、店の入り口を指差した。
「それより、早く入りましょう。ここ、お昼けっこう混むし。」
「そうだな。」
そんな短い会話を交わした二人は、入り口扉の上に【ドン!】と立派な看板の掲げられた店――「台湾酒場」へと吸い込まれていった。
◇◆◇
台湾酒場。 G県N市駅前通りにあるこの台湾料理店は、本場の味が楽しめることはもちろん、その量が“お値段以上”であることでも知られている。昼はランチ営業、夜は酒場営業と、一日を通してにぎわう人気店の一つだ。
店内にはカウンター、座敷、テーブル席があり、2階には小宴会ができる広間もある。 幅広い客層に対応できる席数とレイアウトも、この店の魅力の一つである。
二人は表の引き戸を開けて店内に入り、すぐ左側のテーブル席に座った。ちょうど12時ぴったりという時間帯だったが、店内にはカウンターに2人、座敷に3人の団体がいるだけで、絶妙なタイミングでの入店だった。
これがあと5分もすれば、周囲の会社の昼休みと重なり、ここまでスムーズに席を確保することは難しかっただろう。
「いらっしゃいー、アイちゃん。今日もAランチ?」
いつも明るく声をかけてくれる、この店の女将さん。アイラとは世間話をする程度の仲で、ここに寄ることが多いアイラを親しみを込めて「アイちゃん」と呼んでいる。
店内を【スパーン】と突き抜ける大きな声はいつも元気で、外国人特有の日本語のなまりはあるものの、かなり流暢な言葉づかいが、この場所で長く店を営んできたことを感じさせる。
「こんにちわー。もちろんAランチと、生中で。カレンは?」
「ちょっと、お昼から?」
昼間から突然の“ビールどう?”に、え?と驚きとも呆れともつかない表情を浮かべるカレン。 その反応に、アイラはニヤリと笑った。
「いいじゃんいいじゃん。カレン今日は休みなんだろ? もしかして、昼からどこか出る予定でもあるのか?」
「特にないけど……まあ、いっか。私もAランチと生中でお願いします。」
「はーい、Aランチ2、生中2ねー。少々お待ちくださーい!」
注文票にメモを取り、大きな声で復唱した女将は、アイラにニッコリと笑顔を向けてから厨房へ戻っていった。 その元気な様子を見送りながら、二人はどちらともなくホッと息を吐き、目を合わせて話し始めた。




