その1:2026年2月16日月曜日・G県N市新町交差点「寄合館」③
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時は戻り、2026年2月16日月曜日の寄合館。
テーブルを挟んで向かい合う兵藤ユウジと原アイラ。転落事故を目の前で見た目撃者であるユウジの話を、アイラは真剣な眼差しで聞きながら、一口コーヒーを飲んだ。
こんな話を聞きながらよく飲み物を口にできるものだと思われるかもしれないが、アイラはまったく平然としていた。 ユウジの話は、さらに続いていく。
「男性は先頭車両の下に吸い込まれるように入っていって、即死でした。車輪に轢かれていたんです。現場検証のあと、僕は現場の一番近くにいたので、警察から簡単な聞き取りがありました。そこで、転落した男性から感じた違和感を説明したのですが――」
そこまで話すと、ユウジはホッと息を吐き、一口コーヒーを含んだ。
「転落する瞬間、『あっ…』と驚いたような声が聞こえたのと、ゆっくり後ろを振り返りながら落ちていったことを話すと、警察の方から“誰かに押された可能性はなかったか”と聞かれました。でも、誰かが押した様子はなく、それはまず無いと答えました。 でも…何だか変なんです。誰かが押したわけでもないのに、転落していく男性の様子が“誰かに押されたように”見えた気がするんです。」
「その男性が、誰かに押されたように見えた――それが兵藤さんの感じている違和感、ということですか?」
「はい。」
「誰も押した様子は無いのに?」
「そうです。」
ここまで聞いたアイラは、ふむ、と腕を組み、少し考えるようなしぐさを見せた。 話を頭の中で簡単に整理する。 ユウジが言いたかったことを短くまとめれば、「仕事中に転落事故を目撃したが、その様子に強い違和感を覚えた」ということ。 だが、それについて“俺”は何を調べればいいのか――。
「兵藤さん。それで、“私”に調べてほしいことというのは何ですか?」
そう尋ねると、ユウジは少し言葉を詰まらせ、声のトーンを抑えめに【ボソリ】と呟いた。
「僕の感じたこの違和感の正体を、調べてほしいんです。」
「違和感の正体!!??……あ。」
あまりにざっくりした話に、アイラは思わず仕事用ではない“素の口調”が出てしまった。 しまった! と右手の平で口を塞ぐアイラ。
今までの丁寧な口調から一転し、紹介者・尾作マサヤの言葉どおりの、少しきつい言葉遣いと針のような鋭い声が飛び出したのを聞いたユウジは、別人か?と思うほどの変わりように驚きを隠せない。
そして、二人の様子をカウンターの中から見ていたミドリは、“普段と大違いなアイラの仕事用の口調”から思わず素が出た瞬間、それまでこらえていたものが弾けるように、大きな声で笑い出していた。
◇◆◇
「すみません、ざっくり“違和感”と言われても……。兵藤さん、その違和感、どんなものなのですか?」
再び仕事用の口調に戻ったアイラだったが、その様子が余計にミドリの笑いのツボを刺激したのか、カウンターの向こうで必死に笑いをこらえている。
それが気になって仕方ないアイラは、チラリとミドリに視線を送り、何やらアイコンタクトを取ろうとするものの――ミドリはそれを理解しつつも、笑いのツボを【スパパーヌ】と打ち抜かれた状態でどうにもならず、とうとうカウンター裏の厨房へと引っ込んでしまった。
二人のそんな様子を「何が起こったんだ?」と見ていたユウジだったが、ハッと我に返り、アイラに問われた“違和感”について語り始めた。
「何と言うか……1月からこれまでに起こった三件の“事故”。あれは本当に事故だったのか、という違和感です。三件とも、自ら飛び込んだということで処理されるだろうと聞いたのですが、どうにも腑に落ちないんです。 すべてではないにしても、駅から電車に飛び込む人というのはホーム中央ではなく、まだ電車にスピードがある側――この場合、改札から向かって右側、あのときなら11両目が止まる端の方にいるはずです。それと、」
駅で働くユウジが言うのなら、その指摘は正しいのだろう。 アイラはコクコクと頷きながら、続きを促した。
「それと、もう一つ。自ら飛び込む人は前を向いて飛び込む。決して後ろを振り向いたりはしないと聞きます。でも、彼は僕の目の前で確実に振り向いていました。その時の彼の目はどう見ても……“何をするんですか!”と訴えているように見えたんです。」
「“何をするんですか”というのは?」
アイラは言葉を重ね、ユウジの発言を引き出す。 ユウジは一呼吸置いて続けた。
「僕にはそれが、“どうして押すんですか!”と言いたそうに感じたんです。でも、彼を線路側へ押した“人”はいませんでした。それは僕も近くにいたので間違いありません。 でも、この三件の事故、どれも被害者はホーム中央から、振り返るように転落しているんです。これは自ら飛び込む人の動きとは明らかに違う。 もしかすると、見えない何かが……」
「見えない何かって、幽霊の仕業とか、そういう話ですか?」
「……はい。」
それを聞いたアイラは、天を仰ぎたい気分だった。 おいおい、幽霊? なんで俺に回すんだよ? こういうのは尾作のおっさんの専門分野だろうが!
思わず、N市で有名な霊能者・尾作マサヤの“まあよろしく頼むわぁ”と言わんばかりのニヤケ顔が脳裏に浮かび、アイラはため息を飲み込みつつ口を開いた。
「兵藤さん。兵藤さんの感じている違和感というのは、この三件は事故じゃなく事件。被害者は幽霊に押されたのではないか、ということですね。」
「……そうです。」
なるほど。 兵藤さんと尾作のおっさんがどう繋がったかは置いておくとして―― 兵藤さんは“幽霊の仕業ではないか”というオカルト目線で、この三件を事故ではなく事件だと疑っている。
それを事故として処理されつつあることに違和感を覚えている。 そんな話を尾作のおっさんにしたら、あのおっさんが俺を紹介しやがって……今に至る、というわけか。
アイラはもう一度ため息を飲み込み、ユウジの話から自分にこの依頼が回ってきた経緯を理解し、 「事件か事故か、幽霊の仕業か否か」という兵藤ユウジの“違和感の正体”を探ることが今回の依頼だと把握した。
それにしても――。
「幽霊の仕業か?というお話は尾作さんにもされていますか? しているのなら、どうして私が紹介されたのでしょう。私より霊能者の尾作さんの方が、この件は適任だと思うのですが。」
「僕もそう思いました。でも尾作さんは、“こういう事ならいい人を知っている”と言って、原さんを紹介されました。原さんも尾作さんと同じ、霊能者なんですよね?」
「違います。」
アイラは、間髪入れず即答した。 その間、0.00005522秒。




