その1:2026年2月16日月曜日・G県N市新町交差点「寄合館」②
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2026年1月23日、金曜日。
天気予報どおり強い寒波が到来し、N市内に珍しく雪が降り積もった朝8時。N市駅の鉄道職員・兵藤ユウジは、駅のホームにいた。電光掲示板に写る案内表示はダイヤに若干の乱れはあることを示しているものの、雪という悪天候にもかかわらず、駅の混雑具合は日常とほぼ変わらない様子を見せている。積もった雪と寒さに身を縮めるような利用者の様子を除けば、いつも通りと言っていもいい。
そう、この状況を一言でまとめるなら、“いつもとそれほど変わらない見慣れた風景”だった。
今朝のユウジの業務は駅構内のホーム業務。巡回と緊急対応のため、彼はホームを歩いている最中だった。
舞い降りる――いや、そんな可愛げのある表現では語れないほど激しかった深夜から早朝にかけての降雪は勢いを弱め、今なら【ハラリハラハラ】と舞い降りる可愛らしい雪と言える程度になっていた。
時間は8時05分の約1分前。多少遅れはあるとはいえ、そろそろ電車が駅に入ってくる頃だ。 ユウジは改札口前、5両目の電車が止まる位置へと急いだ。
◇◆◇
人の心理なのだろうか。
ここには11両編成の電車が止まるのだが、最も混雑するのは改札を抜けてすぐの場所――5両目、6両目が停車する付近。いわゆる“一番歩かなくてもいい場所”だ。向かって左端の1両目、右端の11両目まで移動すれば、この混雑から少しは逃れられるはずなのに、改札から最も近いこの位置が一番人で込み合う。
『現在、列車は雪のためおよそ2分遅れて運転しております。ご迷惑をおかけいたします。まもなく1番線に名古屋行きの電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください。』
到着前のアナウンスがホームに流れる。 時間は8時6分。8時7分には電車がN駅に到着するだろう。定刻から2分の遅れ。雪という天候を考えれば、軽微と言っていい範囲だ。ユウジは5両目の乗車位置表示付近に立ち、周囲を確認しながら電車が来るのを待っていた。
乗降位置表示の前には、三〇代と見える黒いスーツにグレーのコートを羽織ったビジネスマンが立っている。いつもの時間より早めにホームに姿を見せ、列の先頭に立っているこの男性を、ユウジは何度か見たことがあった。
(先々週、あんなことがあったのに…)
先々週――2026年1月9日、8時5分。 N市駅でホームから転落した男性が電車と接触する事故が発生した。ホーム中央、5両目の乗降位置付近から転落した三〇代男性は即死。
目の前でそれを見た人々の中には、大声を上げる者、その場で泣き出す者もおり、利用客の強い反応でN市駅は騒然となった。 現場検証、線路・車両の点検――運転再開まで120分。
この日休みだったユウジは現場を見ていないが、当日勤務の同僚から、その凄惨さを嫌というほど聞かされていた。同僚の話を思い出し、ふとその時の現場を想像したユウジの思考を、【ヌーラーリ】と粘液がまとわりつくような気持ち悪い感触が撫でていく。 首筋からゾワワとする感覚が背中へ抜けた、その瞬間――。
ホームに入ってきた電車が、運転士の確認のもと減速していく。そのときだった。
「あ…」
一瞬の出来事だった。 先頭車両が5両目乗降位置付近に差し掛かった瞬間、列の先頭にいた男性が【フワァーリ】と黄色い線を越え、線路内へと転落していく。
ユウジは咄嗟にその男性の手を引こうと足を踏み出したが、先頭車両目前での出来事。間に合うはずがない。
0.1秒ごとに一枚一枚切り取られたコマ送りのように、ゆっくりと状況がユウジの目に焼き付いていく。
そして――「キィィッ――!」
急制動の金属音がホームに響き、周囲の空気が一瞬で張りつめた。
転落事故発生。その瞬間を、兵藤ユウジは目の前で目撃してしまったのだった。




