終章:「謎を解かない系探偵」原アイラはぶん殴る!④
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2026年3月20日金曜日。時計は10時12分。秒針はちょうど39秒を通過した。
三連休初日。祝日の朝ということもあってか――理由は定かではないが、平日のこの時間帯に比べると、寄合館の前を行き交う人の数は、どこか“気持ち多い”。
そんな快晴の朝。午前も後半に差し掛かり、日差しはすでに強い。その光を避けるように、今日もブラインドが下ろされていた。日差しの強い日の午前中の寄合館では、よくある光景だ。
店内では、今日も変わらず80sのUSロックが流れ、いつもと変わらない時間が、いつもと同じように流れていた。
◇◆◇
カウンターで文庫本に視線を落とす「寄合館の店主」荻原ミドリ。
奥側の2人掛けテーブル席に椅子を一つ借りて3人掛けにした席で、会話をしながらコーヒーを飲む「ヨミノカウンセリング室」室長の黄泉野カレンと、カウンセラーの真城ナミ。
そして――「探偵を自称している街の何でも屋」原アイラ。
カレンは今朝の新聞で、アイラに依頼した“仕事”が終わったことを確認したと伝え、
アイラはそれにニヤリと笑みを浮かべ、コクリと頷いた。
「3月19日午前7時30分、G県N市内の交差点で、右折しようとした乗用車が歩行者と接触する事故が発生した。警察によると、車を運転していた会社員の男性(23)は、信号を見落としたまま交差点に進入し、横断歩道を渡っていた市内在住の伊藤嘉彦さん(45)と衝突した。歩行者は頭を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認された。
運転していた男性にけがはなかった。男性は『信号が赤に変わっていることに気づいていなかった』と話しているという。警察は、信号無視による過失運転致死の疑いもあるとみて、事故当時の状況を詳しく調べている。」
今朝の新聞に掲載されたこの記事。これを読んだカレンは、アイラに依頼した“仕事”が終わったことを、はっきりと理解していた。
記事に目を通したカレンは、小さくため息をつき、目を細める。
そしてもう一つ、さらに小さなため息を吐き――無性に煙草を吸いたくなる、いつもの流れは今日も変わらなかった。
◇◆◇
いつもと変わらず寄合館店内に流れる80sのUSロック。その音に溶けるように、3人のあいだに28秒の沈黙が落ちていた。
コーヒーカップを手に取り、コクリと一口飲んだアイラが、小さく息を吐きながらその沈黙を終わらせる。
「でもさ、何というか……こういうことは、これから先もなくなりはしないんだろうな……」
アイラにしては珍しい、ぽつりと落とすような言葉。カレンは、彼女の胸にまだ何か引っかかるものがあるのだろうかと思いながらも、あえてそれを問いただすことはしなかった。
そして多分、それはカレン自身も同じだった。
“いい人ばかりが損をして、病んでいく”――
そんな現実がこれからも無くならないのだろうという、静かな悲観。
だが――
「まあ、確かになくなりはしないと思う。だからこそ私は、心を痛めた人々にこれからも寄り添っていこうと思っている。」
「それと、心を痛める“悪気”は成敗する、だよな。」
「当然です。この世では仏の顔も三度までと言いますが、今の私はそんなに甘くありません。」
「あはは……全く、前からもそうだけど、俺の依頼人は時々過激だよな。」
テンポよく、ポンポンと言葉を投げ合う二人。憧れの頼れるお姉さん、カレンとアイラの様子を、ホント仲良しですねとナミは【ニッコニコ】しながら見ていた。
◇◆◇
二人の“仕事”の話が終わった頃、3人は気持ちを切り替えるように、何ということもない雑談に花を咲かせていた。こうして3人でゆっくり話すのは、3日ぶりの“久しぶり”。そのせいか話題は途切れることなく、終わりの見えないまま続いていく。
「カレンさん、アイラさん。私も早く、二人みたいになれるように頑張ります!」
「おおー、いいねぇ。それじゃあ俺、カレンに相談できないことがあるときはナミちゃんに相談しよう!」
カレンの可愛い後輩であるナミに向けて、満面の笑みを浮かべながらそう言うアイラ。それを、これまた可愛い笑顔で受け止めるナミ。そんな二人を、まるで姉が妹たちを見守るように、カレンは目を細めて眺めていた。
「はい! 何でも相談してください!小さなお悩みから恋愛相談まで!!」
「え……レン?」
笑顔だったアイラの表情が、ピタリと止まった。言葉も一瞬途切れ、そして――
その視線が“カレンの方へ向いた”ことを、ナミはしっかり見逃さなかった。
(え! アイラさんってもしかして……うわーうわー!)
「う、うん。その時はよろしくな、真城先生!」
「……何赤くなってるのよ、アイラ。」
「い、いや、何でもねーよ。それよりさぁー、暖かくなってきたし来週さ、久しぶりに3人でツーリングとかどうよ?なあ、ナミちゃん、カレン。」
「賛成!! カレンさんもですよね?」
「ふふ、そうね。それじゃあその時に聞かせてもらおうかな。アイラの恋愛相談。」
「そ、それは……」
意地悪そうにニッコリ笑うカレンに、アイラは口をパクパクさせたまま完全に固まってしまう。そんな二人の様子を、ナミは【ニッコニコ】で眺めていた。
(うわー、ここぞという時に言えないアイラさんと、超絶鈍感なカレンさん?
これ、これすごく楽しいんですけどー!)
「それは置いておいてさー!」
何とか話題を逸らそうとするアイラの慌てぶりがあまりに分かりやすく、ついに二人は笑いを堪えきれなかった。
「あははは、いいねーアイラ。」
「アイラさん、かわいいです! あはははは」
「った……たくよぉ……あははははは。」
2026年3月20日金曜日。時計は11時04分。秒針はちょうど47秒を通過した。
三連休初日。祝日の朝ということもあってか――
理由は定かではないが、平日のこの時間帯に比べると、寄合館の前を行き交う人の数はどこか“気持ち多い”。
そんな快晴の朝。午前も後半に差し掛かり、日差しはすでに強い。
その光を避けるように、今日も寄合館のブラインドは下ろされていた。
日差しの強い日の午前中には、よくある光景だ。
店内では、今日も変わらず80sのUSロックが流れ、いつもと変わらない時間がゆっくりと進んでいく。
その中に――アイラ、カレン、ナミの楽しそうな笑い声が、柔らかく響いていた。




