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G県N市連続電車飛込事故について:「謎を解かない系探偵」原アイラはぶん殴る!  作者: 井越歩夢


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その5:2026年3月16日月曜日・G県N市新町交差点「寄合館」②

=2=


時は戻り2026年3月4日水曜日――いや、日付の変わった5日木曜日の深夜2時。

さすがに平日のこの時間にもなれば、飲み処の多く並ぶG県N市新町通りも【スン】と眠りにつき、通りの店の照明も落とされ、今は街灯の明かりが人影のない通りを照らすのみとなっている。


そんな中、新町通交差点に近いビル一階に、煌々と明かりが点いている部屋があった。


その部屋の時計は 2時05分54秒 を示していた。白い壁、LED照明の青白い灯り。ノートパソコンと小さなアガベの鉢植え。四畳ほどの広さの個室には、白いテーブルを挟んで向き合うように椅子に座っている“1人の姿”と、大多数の人には見えない“1人の姿”がそこにはあった。


ヨミノカウンセリング室。


新町通に面したビルの一階にあるそこは、「心理カウンセラー・黄泉野カレン」の仕事場である。

ここでは毎週水曜日から土曜日の13時から20時まで、カウンセリングを受け付けており、室長である黄泉野カレンと、ここに勤め始めて2年目になる新人カウンセラー・真城ナミの二人が、依頼人たちの話を傾聴し、心に寄り添いながら、時に助言を与えるという日々を送っている。


ここでは時に、深夜にこうしてカウンセリング室の明かりが点いていることがある。

その時間は深夜1時30分ごろから3時頃まで。遅い時は明け方近くまで明るいこともある。


どうしてカウンセリング室の明かりがこんな深夜に点いているのか。ただの消し忘れなのだろうか――いや、人の気配がする。「何をしているんだ」と怪しむ人も、以前は少なからずいた。だが、そんな話も長い時間の中で過去のものとなり、慣れてしまえば小さなことのように、誰も気に留めなくなっていた。


しかし、この時間にここの明かりが点いている“意味”を知る者が、N市には数名いる。


柴山アオイ・シンジュ、天野レイア、坂ノ上エリカ、尾作マサヤ、真城ナミ――

そして、原アイラ。この街で有名な“見える人”と、“見えているらしいと言われている人”。

深夜の照明が灯るとき、黄泉野カレンが“夜の依頼人――死者の相談”に耳を傾けていることを、彼らだけは知っていた。


◇◆◇


依頼人は30代男性。名前を小山ジョウジロウという。

N市内の会社に勤務していた彼だが、昨年の人事異動で上司となった社員、伊藤部長から、どういう訳かも分からず執拗なパワーハラスメントを受けることになった。


その上司は、ジョウジロウの話によると、気に入らないとなれば一挙手一投足が気に入らないという性格で、短気な上何でも自分の言う通りになっていないと気が済まないタイプ。ジョウジロウ自身には何ら自覚はないものの、なぜか目を付けられることになり、毎日のように理不尽な言いがかり、他社員の前での説教、人格否定が続き、ついに昨年10月、体調を崩して病院で重度のうつ病と診断され、休職となった。


――会社は何をしているんだ!


彼に耳を傾け、柔らかな表情を変えず静かに話を聞いているカレン。だが内心は怒り心頭だ。さらにカレンの持つ“能力”で経緯を正確に理解し、その会社組織自体のあまりの理不尽と情けなさに、彼女は心の中で【ハァァァァァァ】と大きな溜息を吐いた。


小山ジョウジロウは、うつ病の発症当初、妻のハルカの運転する車に乗せられ、TK市にある精神科クリニックに通院していた。そして12月末となる2025年12月26日金曜日。休職から2か月が経ち、以前より少し病状の良くなったジョウジロウは、この日、電車に乗って一人で病院まで行くことにした。


ハルカは「本当に大丈夫?」と何度も彼に問いかけたが、ジョウジロウは「大丈夫」と答え、7時45分に自宅から徒歩でN市駅へと向かった。


2025年12月26日金曜日、8時00分08秒のG県N市駅。季節柄寒いことが当然のN市でも、この日の朝は特別に寒かった。


そんな中、8時05分の電車を待つジョウジロウ。

厚着をして10分ほど歩いたせいか、駅に着くまでは暖かかった。

だが、駅に着き改札口前、5両目乗車位置の列に並んでいるうちに、徒歩という運動から得た暖かさは失われていき、寒さが戻ってくる。


小さく体を震わせながらも、電車が来るまであと5分ほど。もう少しで暖房の効いた電車が駅に来る――それまでの辛抱だ。


――だが、そのとき彼は電車に乗れなかった。乗ることが、どうしてもできなかった。


◇◆◇


2025年12月26日金曜日、8時5分まであと1分と数秒。

それまでは落ち着いていたジョウジロウだったが、急にその様子がおかしくなり始めた。


電車の到着が迫るほどに、彼の中に強い不安と焦燥感が波のように押し寄せてくる。

そして、それがピークに達した瞬間――ついにジョウジロウの身体に異変が起きた。


呼吸が異様に速くなり、肩がカタカタと細かく上下する。顔色は不自然なほど青白くなっていく。周囲が“気付けば、気にかけていれば” それは誰の目にも明らかな異変だった。


だが、ジョウジロウのその様子に気付く者は誰もいなかった。


ついに彼は過呼吸に陥り、その場にうずくまってしまう。助けを求めようにも声が出ない。人混みの中でうずくまる彼を、電車を待つ人々は“邪魔物を避けるように”列を崩さずに通り過ぎていく。


「た…かは………かた…」


かすれた声が喉から漏れる。しかし、それは誰にも届かない。


その間にも、N市駅ホームに8時5分発の電車が到着し、人の波が改札口前の5両目乗降位置でうずくまる彼を避けるように動き始める。


その流れが途切れ、人の姿が少なくなったとき――

ようやく一人の駅員が、ホームにうずくまるジョウジロウの存在に気付いた。


「大丈夫ですか!」


呼びかけにも答えられず、ただ肩を震わせるジョウジロウ。

駅員は血相を変えて駆け寄り、肩を貸して立たせると、そのまま彼を駅の救護室へと連れていった。


ジョウジロウはこの後、救急搬送され、過呼吸以外の身体的な問題はないとされ、自宅に帰ることになるのだが――


◇◆◇


「僕の覚えているのはここまでです。なので、ここを紹介してくれた原さんに言われるまで、僕は自分が死んでいることを知りませんでした。ただ、毎週金曜日8時05分の電車に乗らないと病院の時間に間に合わない。でも、電車がホームに入ってくると必ずまた息が乱れ始めて……その場の近くに見えた人に助けを求めようと肩を叩くと――」


そこでジョウジロウは言葉を止めた。


この先は、N市を、捜査関係者を、そして都市伝説・オカルト界隈を騒がせた「G県N市連続電車飛込事故」そのものだ。


彼の話を傾聴しているカレンも、この事故については知っている。2026年1月から短期間で3人が、駅ホームから線路に転落し、駅に入ってきた電車に巻き込まれたという事故。


彼がなぜ、毎月第2・第4金曜日に駅へ現れるという行動を繰り返していたのか。

カレンはそれを、“死の瞬間よりも、過呼吸で電車に乗れなかった記憶のほうが強く残ってしまったため、死後もその行動だけが反復されていた” と考えていた。


だからジョウジロウは、毎月第2・第4金曜日8時05分という“そのとき”にだけ現れていたのだろう。


「原さんに言われて、僕は死んでいるんだと気付かされました。ただ、僕はどうやって死んだのか……それは記憶にありません――」


「それは、きっと小山さんが衝動的にしてしまったことだからでしょうね……」


静かに語られたカレンの言葉に、ジョウジロウはビクリと肩を震わせた。


カレンは静かに目を閉じ、彼の中に残っている“死のイメージ”を読み取っていた。


過呼吸で病院に搬送され、妻の運転する車で自宅に戻ったあと――

電車で行くことを心配していた妻ハルカは、「あれほど大丈夫?と言ったのに」と泣きながら、そして駄目だと分かっていながらも抑えられず、ジョウジロウに強い言葉をぶつけてしまった。


そんな一日が過ぎ、2025年12月26日金曜日16時35分43秒。

夕食の買い物のため部屋にジョウジロウを残し、それから帰宅したハルカは、浴室で倒れているジョウジロウを発見することになった。


それが、事実としてカレンの読み取ったジョウジロウの最後だった――


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