その5:2026年3月16日月曜日・G県N市新町交差点「寄合館」①
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3月16日、月曜日。3月とは思えない“暖かい”を通り越し、誰もが「暑い」と口にする陽気。朝晩と日中の温度差は20℃に迫り、“暑さに慣れる期間”を与えないこの気候は、年々厳しさを増しているようだった。
G県N市駅前・新町交差点付近にある喫茶店「寄合館」。五席のカウンターに、二人掛けのテーブルが二つ。こじんまり――いや、八畳ほどに見えるその広さは、どちらかと言えば「狭い」という表現が正しいだろう。
だが、その手狭ささえ“店の味”として成立させてしまう、白を基調とした落ち着いた内装の妙が、この店にはある。
通り側は大きなガラス面とガラス扉。強い日差しを避けるため、今日はブラインドが下ろされ、外からの視線は完全に遮られている。日差しの強い日の午前中ともなると、この寄合館では、よくある光景だ。そんな店内の時計が10時を指す頃、店内には三人の姿があった。
カウンターで文庫本に視線を落とす「寄合館の店主」荻原ミドリ。テーブル席に座り会話をしながらコーヒーを飲む「N市駅勤務の鉄道職員」兵藤ユウジと、「探偵を自称している街の何でも屋」原アイラ。
三人は、店内に流れる80sのUSロックを背景にした寄合館店内のいつもと変わらない時を、しばし共有していた。
◇◆◇
「最初に結論を言いますと……兵藤さんのお話された違和感については、私にもわかりませんでした。ですが、多分もう同様の“事故”が起きることはないと思います。」
2026年1月から3回連続で起こった「G県N市連続電車飛込事故」。そのうちの一つを間近で目撃したN駅の鉄道職員・兵藤ユウジから依頼された、事故に対する“彼の感じた違和感”の調査。2月16日からちょうど一カ月が経ったその答えは、彼にとって実に納得のいかないものだった。
「原さん、分からないのにもう起きないって……どうしてそんなことがわかるのですか?」
彼がこう言うのも当然だろう。「原因がわかり、今後同様の事故が起きない」という話であれば誰もが納得できる。だが、アイラが語ったのは――「原因がわからないのに、今後同様の事故は起きない」という話なのだ。
彼女自身、こう言えばユウジからこう返されることは理解していた。だが、本当のことを“ありのまま”ここで話すことは出来ない。
2025年12月に衝動的にこの世を去った自殺者の幽霊、小山ジョウジロウが、自らの死を理解しないまま、毎月第2・第4金曜8時5分の電車に乗る直前に過呼吸になって助けを求めるという行動を繰り返していたこと。
肩を叩かれたことで振り返り、不自然に首が伸びたジョウジロウの姿を見て驚いたことによって、振り返ったまま線路内に転落してしまった事故の被害者。
そしてジョウジロウは今……
この内容をどうぼかしながら理解してもらい、この件についてユウジに納得した形で報告としてまとめるか。アイラが過去に向き合った事件の中にも、こうしたことがなかったわけではない。こんな時、彼女には決まって話す言葉があった。
アイラは、その言葉を伝える前の“儀式”をいつものように始める。
ほっと一つ息を吐き、静かに1.3秒目を閉じたあと、【スン】と目を開き、ユウジの目を見て――
「兵藤さん。もし私が、市内で言われている噂通りの者だとしたらどうでしょう?」
短い言葉だったが、ユウジには十分その意味が伝わっていたようだ。そしてその言葉と、彼の目をじっと見つめるアイラの強い眼力ある視線は、それを理解することと同時に、“この事を言わない”という約束をさせるような強い圧があった。
その圧に【ピカーン】と打たれたかのように、ユウジは6.47秒黙って間を置いた後、コクリと頭を下げた。
「ありがとうございました。」
彼は、彼女の言葉を“原因がわかり、対処済みで、今後同様の事故は起きない”という話として受け取り、礼を言った。その瞬間、アイラの強い眼力はふわっと緩んだ。
(やっぱりこの人は、霊能者だったんだ……。それじゃあ、どうして原さんはあのとき、霊能者なんですかと聞いたとき、秒で「違います」と答えたんだろう?)
柔らかい目をしたアイラの顔を見ながら、ユウジの中にそんな疑問が浮かぶ。だが、そのことを考えるのはすぐにやめた。
なぜなら――あの圧。これ以上話させないという強い圧を受けた瞬間から、“この話はもうできない。話したら何か悪いことが起きそうだ”という予感が、彼の中に芽生えたからだ。
(原さんが、もう同様の事故は起きないと言うなら……そうなんだ。それを信じよう。)
ユウジは心の中でそう呟き、違和感の真相について“自分が納得できる報告”をアイラから受け取ったのだと認識し、ゆっくりとコーヒーカップに口をつけ、そのまま静かに飲み干した。




