その4:2026年2月27日金曜日・G県N市駅「午前8時05分00秒 」④
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『もしかすると小山さん、覚えていないかもしれないけどさ……その首……』
アイラはベンチから立ち上がり、どこかグラグラと安定しない頭を混乱気味に抱えるジョウジロウの前に立った。そして、その頭にそっと両手を添え、傾きをグイッと真っすぐに戻す。
『ちょっと痛いかもしれないけど我慢な。』
そう言うや否や、アイラは両手に力を込めて、一気に彼の伸びた首を【ゴン!】と押し込んだ。【ボリボリボソボリ】歪な音が響き、言葉にならないカン高い叫び声がジョウジロウの喉から【くぁwせdrftgyふじこlp】と飛び出す。
『なな、なにをするんですか!!』
『おー、直った直った。いい感じになったぜ。ほら、見てみな。』
ニンマリと悪戯っぽい笑顔を浮かべたアイラは今度はスマートフォンを自分で持ち、インカメラをジョウジロウへ向けた。画面に映った彼の首は――
『……僕だ』
アイラの手で力いっぱい押し込まれたジョウジロウの首は、世間一般の大多数と同じ人の平均的な首の長さにまで戻り、彼自身が自分の姿を見て“おばけ”と言わなくてもいい姿にもどっていた。頭に、首に、手を触れて、おおーと目を丸くするジョウジロウの様子がどこか可笑しく思わず笑いそうになるアイラだったが、まだ、話には続きがあった。
『でもまあ、僕かもしれないけどさ、アンタがおばけであることは変わりねぇよ。小山さん、あの様子だとアンタ……“首をつって死んでいるぜ。”』
スマートフォンをポケットに戻しながら告げるアイラ。
その言葉にジョウジロウはぽかんと口を開け、“今なんて?”と表情そのものが語っているように、ただアイラを見つめていた。
無理もない。ついさっきまで自分の姿すら認識できていなかった者が、自分の生死を理解できるはずがない。
アイラにとって彼のそんな様子は、今までの長い経験の中で何度も見てきた光景だった。だが、目の前の男、小山ジョウジロウにとっては――初めて突きつけられる、あまりにも残酷な現実だった。
◇◆◇
アイラは再びジョウジロウの隣に座り、革ジャンの胸ポケットから二つ折りの小さなメモを取り出して手渡した。ジョウジロウはそれを開き、スッと目を細める。
そこに書かれていたのは――“ヨミノカウンセリング室・黄泉野カレン” の連絡先だった。
『これ、俺の連れのところだけどさ。こういう時に親身になって話を聞いてくれるヤツだ。紹介してやるから、ここに行ってアンタの思いの丈を全部話してきな。』
『黄泉野……あの、でも僕、幽霊なんですよね?』
『そうだけど。』
『それじゃあ、この黄泉野って人、僕の話なんか聞けないんじゃ……』
『ああ、そこは問題ないよ。アイツも俺と同じで、アンタみたいなのの姿が見えるし、話もできる。まあ俺もアイツも霊能者とかの類じゃないけど、まあ……そういうことだ。』
そこでアイラは一度言葉を切り、あえて厳しい一言を告げた。
『それとさ――アンタが意図してなかったとはいえ、アンタの行動で三人の人間が線路に飛び込んでる。そのことは、重く受け止めなきゃいけない。わかっているよな。』
『……はい。』
ジョウジロウはがっくりと肩を落とし、今度は顔を【カクン】と下へ傾けた。
首が伸びていたさっきまでの【ブゥオン】【グゥオンブゥオン】【グォーーーン】といった不自然な大振りではなく、【カクン】という、ごく普通の人間らしい動き。
つい先ほどまで、彼が首を動かすたびに「おいおいおいおい!」と内心で身構えていたアイラだったが、今はもうそんな気にもならない。
ただ――その胸の奥に複雑な思いを抱えたまま、アイラは静かにその場からスッと立ち上がった。
◇◆◇
『今日は俺だったからよかったものの、そうじゃなかったら今日も事故が起きていたかもしれなかったんだ。もうここに来るんじゃあないぞ。いいな?』
そう言って、アイラはジョウジロウの頭を拳で【ルン】と優しく小突き、そのまま手を差し出した。
突然小突かれて、ぽかんとした“鳩が豆鉄砲を食ったような顔”のジョウジロウ。だが、アイラが悪戯っぽくニッと笑うと、土気色で表情に乏しい彼の顔に、ほんのわずかに笑みを浮かべ、彼女の差し出された手を握って立ち上がった。
『じゃあ、ここから出ようか。それと、さっきのメモのところ――ちゃんと連絡して、必ず行くんだぞ。』
『はい。ありがとうございました。原さん。』
アイラはジョウジロウの手を引き、改札口へ向かう。
春の足音が“駆け足”どころか、【うおおおおお!】と雄叫びを上げて全力疾走してくるような、季節外れの暖かさに包まれた駅前へ出るため改札口を――
【ピンポーン】
ポケットから交通系ICカードを取り出し、改札機の読み取り部にタッチした瞬間、最近どこかで聞いた覚えのある音とともに赤ランプが点灯し、改札の扉は【スン】と動かず閉ざされたまま――
「あ……」
今日も改札機は明らかに「それ、違いますよ」と言っている。
反射的に駅務室の方へ顔を向けると、何としたことか。今日も駅務には先日の駅員がたっており、ニヤリと笑みを浮かべた視線が、アイラの視線と【ズドーン】とぶつかった。
(うわー!ごめん、俺、またやらかした……)
明らかに「またですか」という【ジッタリ】とした視線を感じながら、アイラは足早に駅務室へ向かった。
「すみません、またICカードで入っちゃいました……」




