第8話 赤狂いの三日間
ハナは中位魔獣の調査があるとのことで、村からは3人での旅路になった。
ダリオが別れを惜しんで泣きそうな顔をしていたのと、出発前にルアに何度も「手を出すんじゃないぞ」と目で釘を刺してきた。
「最後にもう一つ話がある」
そう言って、リツ・ルア・スルギの3人が集められた。
「改めて、バーサーカー化の治し方についてだ。詳細を伝えておこう」
ダリオの表情が、村のまとめ役から『元・王国騎士』の厳しい顔つきへと変わる。
「バーサーカー化は治すのが非常に難しい。状態異常というよりは、呪いに近い。それも自分自身に呪いをかけている状態と言われているのだ。バーサーカー化すると、赤い瞳が顕現して、攻撃力や魔力が異常に高まる。普段は10%くらいしか力を使っていないというだろう? あれが100%になると捉えてもらっていい。そして、意識がなくなり、周囲を破壊する。一定時間経つと動きが止まるが、繰り返すことで動きが止まるまでの時間が長くなっていき、最終的には常時バーサーカー化した状態になり治せなくなる。大事なのは、狂戦士としての別の人格が発生してしまうことにある」
ルアが自分の両手を握り締め、俯いた。
「だが、治す……というか、制御する方法はある。『赤狂いの三日間』という話があってだな」
ダリオが一度間を置いた。
「遺跡の調査に当たっていた重戦隊の隊長だったジェイドが、魔物との戦いで深い階層に閉じ込められた。一緒に閉じ込められていた戦友が先に力尽きた。ジェイドはその死を、助けることもできないまま目の前で見ていた。そしてジェイドはバーサーカー化した。閉じ込められた深い階層から這い上がってきたときには何日も経過しており、完全にバーサーカー化した状態のまま全てを虐殺していたとのことだ。当時はバーサーカー化に治療法もなく討伐するしかないということで、派遣されたのが大魔道士ガーランド。近くの村に娘夫婦が住んでいたらしくてな。だが、行ったときには村自体が跡形もなく消し飛んでいた。それを見たガーランドは絶望し、自身もバーサーカー化したんだ」
「斧一振りで周囲を削り取るジェイド、無制限に極大魔法を使うガーランド。誰にも止められない戦いは三日間続いたらしい。結局、大魔道士ガーランドがジェイドを倒した。その間に王都はほぼ全軍を配備し、バーサーカー化しつつも疲弊したガーランドを討伐しようとした」
ダリオはリツたちの顔を順番に見据えた。
「が、そこで状況が変わった。ガーランドが赤い瞳をしたまま、『普通に話した』のだ。バーサーカー化している人間は戦闘に必要なこと以外は喋らなかったため、その状況は大きな衝撃を与えた。その後、ガーランドは自ら静定石をつけ、バーサーカー化状態と通常状態を意のままに変化できることを証明してみせた」
「その後の研究を経て、『バーサーカー化は同様にバーサーカー化したものを倒すことで自身を律し、バーサーカー化を意のままに操ることができるようになる』ということが判明した。この状態は『ドミネーター』と名付けられた」
(この話ももちろんストーリー通りだが、壮絶な過去を持つガーランドが実在すると思うと、いたたまれない気持ちになる)
「そして、ガーランドは王都首席研究者として魔導仮想機を作った。魔導仮想機でバーサーカー化した仮想の自分と戦い、勝てばドミネーター化というわけだ。とは言っても簡単じゃない。1度しかチャンスはなく、負ければ脳が負荷に耐えられないとのことで、成功率は20%ほどだ。そして、その魔導仮想機は王都にしかない」
ルアが静かに頷いた。
そう言って、ダリオは丸めて紐に結ばれた紙を机の上に置いた。
「これはガーランドへの紹介状だ。騎士団の誰かに渡せばつなげてくれる。ただし1つだけ気をつけろ。バーサーカー化は非常に危険だと捉えられているため、特に神聖教会はガーランド含め目の敵にしている。ガーランドや他のドミネーターが、たしか5人くらいだったかな、王都の要職に就いているため表立っては出てこないが、バーサーカー化していることがバレると暗殺される可能性がある。ドミネーター化してしまえば暗殺なんぞでは仕留められないから、今度は戦争でも仕掛ける必要が出てしまう。だから早めに芽を摘んでおこうってわけだ」
*
――数時間後。
「……遠い。遠すぎるだろ……」
ゲームの画面なら、始まりの村から王都までは、スティックを倒して走れば五分で着く。
だが、ここは現実だ。広大なオープンワールドのスケールが、そのまま「物理的な距離」となると、王都まではなんと約10日間もの道のりを、自らの足で歩き切らなければならないのだ。
レベル10を超え、少し若返っているこの身体では、引きずるほどの疲れは出ないが、現代では想像つかないほどの距離を歩いている。出てくる魔獣とは戦い、危険な場所は回避し、毎晩野営するというのにももようやく慣れてきたが、最初の数日は大変だった。
「楽しいね〜、毎日野営していたいくらい!王都についたら何からする〜?」
「まずは僕の家に寄るといいよ。騎士団を探しながら、買い物や拠点探しをしよう」
『羽衣の紋』で軽快に進むルアは何故かずっと楽しそうにしており、鬼の力なのか涼しい顔をしているスルギも気楽なものだった。
王都は城のある最奥から順に、貴族の屋敷などがある第一居住区、商業施設や教会・ギルドなどのある都市区、一般民家等がある第二居住区があり、ここまでが内城壁。そこから内城壁を囲むように、探索者の拠点などが点在する冒険区があるという形で、大きく4つに分かれている。
鬼の一族であり、姉が騎士団、父が王都学区で教師をしているスルギの家は第一居住区にあるとのことだった。スルギはなんと5人兄弟で、一番上に兄が1人、姉のハナ、そして妹が2人いるらしい。兄は探索者になっており冒険区に住んでいるため、自分もそのつもりだということだった。
「……だから、たぶん妹と母様しかいないと思う。母様が結構お節介で……」
「シッ、ちょっと待って」
リツが静止すると、全員臨戦態勢になる。
「近くない。あっちの方に魔獣がたくさんいる場所がある」
位階の上昇とともに使用できる魔法やスキルがいくつか増え、座標感知というスキルで周辺のおおよその状況が分かるようになったようだった。
「……恐らく集落じゃないかな。魔獣が集まって形成することがあるから。近寄らない方がいいね」
木に登って確認すると、スルギの解説の通り、開けた場所に櫓のようなものがあり、ポツポツと人とは異なる影が見えた。
「集落になると一種の組織が形成されるんだ。見張りがいたり、連携して襲ってくる」
なるほど、と言いながら歩いていくと、今度は前方からパーティが歩いてきた。
スルギに教えられたが、一般市民は探索者に会釈をするのが通常で、探索者同士では挨拶をしない。舐められる可能性があるためだ。
向かってきたのは武器を持った6人組で、探索者だろう。リツたちはまだ探索者ではないため、軽く会釈をすると、呼び止められた。
「待て、見るところ探索者ではないと思うが、王都に向かっているのか?」
「はい。探索者を志望して、王都に向かっています」
「そうか、若いな。頑張れ。ところで、先で集落を見なかったか?」
「見ました。少し行った丘の上に櫓が建っているのが見えました」
「やはりか、ありがとう」
別れた後にスルギが呟いた。
「斥候の女性だけ微色で、あとの人たちは深紅だったね。ネームタグがそうだった」
探索者の階級は内陸階級と深淵階級の2つがある。内陸階級は無色から始まり、群青→翠緑→深紅と上がっていく。鮮やかな色を持ち内陸のクエストをこなすため、一般人からはエリートとして英雄視される。
その先にあるのが深淵階級で、別名、黒色階級とも呼ばれる。最下階級が微色で、これになることで深淵大陸への渡航公認を得たことになる。そこからの階級は鮮やかさではなく、深淵の闇がいかに濃く染み付いているかが強さの証となる。微色→淡色→侵色→漆色→絶色という形だ。
「集落が確認されたから、ギルドからの依頼で討伐隊が組まれたんじゃないかな」
(ギルドシステムはゲーム内でもそのままか。地道に討伐クエストはこなさないとだよな。ただ探索クエストや日常クエスト系はゲーム知識でだいぶショートカットできそうだけど)
考えながら歩いていると、ついに城壁が見えてきた。
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