第7話 ショートカット
「おかえり〜大丈夫だった?」
洞窟の外で、ハナが岩に腰掛けて待っていた。
「なんとか……死ぬかと思いました」
「ははっ、死なないよ〜クリアお疲れ様、帰ろうか〜」
想像よりも気の抜けた返答に、蒼鬼の器は底が知れないな……と思いながら、少し洞窟の外で休んだあと、村に帰還した。
*
戦利品を抱え、陽が落ちる前に始まりの村へと帰り着くと、村の入り口では、ダリオが腕を組んで帰還を待っていた。
「おう!その様子だとクリアできたみたいだな!よくやった!」
豪快に笑うダリオを見て、ふと疑問が湧いた。
「ダリオさん、死亡率50%と言ってたわりに、全然心配してなくないですか」
すると、ダリオは鼻を鳴らして、スルギを見て笑った。
「ハッハッハ、そりゃそうだ。スルギの巻いている鉢巻あるだろう。そう、それはハナに預けられただろう?それには、神の報復という加護が付けてあってだな、パーティの誰かが死にそうなほどの危機になると、一度だけ全員保護して周囲の敵を殲滅してくれる代物だからな」
(……なんだって?)
(ゲームの世界だと普通にやられたらゲームオーバーだったはずだけど……そんな設定が……? というか、神の報復だって!? 神聖教会に一億ベルク以上の寄進をして付与してもらうものじゃないか……)
ダリオが自慢げに続ける。
「ただ、死ぬ気でやらないと段超え試練にならないからな。念のためってやつだ」
(超弩級の保険じゃないか……過保護め……)
*
夜はみんなでご飯を食べながら、収集したアイテムについて話した。
「ゴム岩の素材と黒鉄、柔らか草、火の魔導筒、バウンティボールが4つか」
ダリオが続けた。
「火の魔導筒は火を格納しておけるから、まあ誰でも発火が使えるようなもので……バウンティボールが4つはすごいな!1つ出たらいい方のレアだからな。回転ゴム岩のおかげだろうな」
目の前に並んだ、四つの鈍色の球体。
バウンティ・ボールとは、投げるとアイテムに変化するが投げるまでは何が出るかわからない、ゲーム内でいうところの「ガチャ」である。レアアイテムが出る確率は低いが、実力以上の『幸運』を掴み取れるチャンスでもある。確かに、ゲームでも岩系の魔物はバウンティ・ボールを比較的落としやすいという設定だったはずだ。
「やってみようよ!」
目を輝かせたルアに急かされて、1人ずつ投げることになった。少し離れたところに投げつけると、煙と共に一瞬光が発生して、アイテムがその場に落ちるという仕組みだ。光の色によって属性やレア度を表すとされている。
ルアの1回目は鈍色の光で、背丈ほどの長さがあるのに片手で振れるほど軽いハンマー。スルギとリツはどちらも青色で、戦士剣と銃のようなものが出た。
「最後、もう一回私ね!」
残った最後の一つをルアが思い切り叩きつける。
その瞬間――部屋中が眩いばかりの「金色の光」に包まれた。
「き、金!? ルア、お前……!」
光が収まった後、出てきたのは羽の形をしたワッペンのようなものだった。
「おぉ、珍しいな。羽衣の紋だ。足につけると少しだけ浮くことができる」
(大当たりだ。機動力を重視するルアのスタイルには完璧な引きだ……)
ダリオのレクチャーで、ルアが足に羽衣の紋をつけると、ブゥンと音がして足の周りにハネの形が表示された。両足を軽くぶつけると、30cmほど浮き上がった。
「飛べるというほどではないがな、進行方向に素早く向かったり、悪路でも滑るように進むことができるから重宝されているアイテムだ。良かったな」
立ち回りの俊敏性的にも、そのままルアが使うことが決まり、ルアはご満悦だった。
「それじゃあ改めて、王都に向けて出発かあ。寂しくなるな。位階も上がったんだろう。それぞれ、職業はそのままで行くのか?」
「私はどこかで拳闘士の理解を深めたいなぁ」
「拳闘士と魔法使いの組み合わせは珍しい。面白そうだ、ハッハッハ」
ダリオが良い感じに仕上がってきたところで、翌日の旅立ちに備えて退散することになった。
*
ダリオたちが寝静まった後、リツは一人、ベッドから起き上がった。
窓際には、月明かりを浴びて黒猫の姿で丸まっているステラがいる。
「ステラ。……一つ、確認したい」
黒猫は音もなくシュルシュルと姿を変え、少女の姿へと戻った。
「なんでしょうか」
「この世界のストーリーを知っていると言っていたと思うけれど……ストーリーを無視してショートカットを狙うのってどう思う?」
「推奨できません」
感情を排した声で即答された。想像していたものとは真逆の反応だったため、驚いた。
「ストーリーの達成率に影響し、最悪の場合、クリアが不可能になる可能性があると想定します」
「……なるほど、ストーリーの達成率か。逆に言えば、ストーリーに影響ない範囲なら、問題ないってことだな」
このオープンワールドな世界にゲーム知識を持って降り立ったからには、チートできる部分は積極的にするべきだというのは、どのマンガやアニメをとっても、セオリーとでも言うべきものだろう。
ましてや、この先、王都へ向かえばさらに過酷な戦いが待っている。今のままでも戦っていけるが、生きるために999%まで攻略をしてきた知識を生かさないわけには行かない。安全に先回りして攻略できるものは多くはないが、あればやらない手はないだろう。
リツはルアがリビングに置いていた『羽衣の紋』を密かに借りると、夜の村を抜け出した。
*
向かったのは、数日前に焼き尽くされた、最初にルアと出会った森だ。
灰の匂いが立ち込める焦土の上を、『羽衣の紋』の浮遊能力を駆使して滑るように進む。
倒壊した家屋の残骸の上を浮遊しながら駆けると、目当ての場所はすぐに見つかった。
殆どが燃えて落ちているが、誰かが住んでいた形跡が残っている。
魔女の家だ。
ルアを連れてはこれないし、ここに来たがるのもおかしい。すぐに来れる機会はなくなるので、今日しかないと踏んでいた。
瓦礫をどけていくと、鉄の扉が登場した。「目」の書かれた模様がある。
(本来のストーリーだと、メインストーリークリア後に来るのが一般的だけど……どうかな)
押しても引いても呼びかけても扉は微動だにしない。
(あとは、セリフを言ってみるしかないか……)
「えぇと……確か……禁忌の扉よ、その沈黙を破れ。希望と引き換えに、絶望への道を示せ」
(……反応がない。中身はもういい年なのに、厨二みたいなことを言ってしまった。……恥ずかしい)
ドキドキとしながら待っていると、描かれている目がギョロリと動き、こちらを見てきた。当たりだ。
「貴様、なぜ貴様のような弱き者がそれを知っている。強き者に与えられる言葉ぞ」
どこからともなく聞こえてくる言葉が空に響く。
この後の展開を考え、少し安堵した気持ちで応える。
「俺がその強き者かもしれないだろ」
「嘘偽りは死百の罪を。真実は財を持つ。我を起こしたのだからな、では、問おう」
「一切の音を立てず壊すことができ、また壊すときに一切の音を立てることができない。一度壊れれば、世界中の賢者が集まっても直せない。それは形を持たないが、間に確かに存在する。脆く、清く、そして残酷なもの。——私は何だ?」
このゲームの「真実の扉」は本来は深淵大陸でのとあるイベントをクリアする過程で知ることができる言葉で扉が起動し、その扉からの問いかけに間違えた場合は、扉の中に引きずり込まれて、高位魔獣と戦わなければならない。
ゲーム上でこの扉に来れるようになるころには、高位魔獣とも普通に戦えたが、なんとなく網羅してやろうという気になって、ひたすらチャレンジし続け、この問いかけの答えを全パターン網羅しておいてよかった。もし数問でもわからない可能性があったら、この挑戦もできなかっただろう……
「答えは、約束」
少しの沈黙のあと目は答えた。
「ふん……良かろう。勇敢な知恵に栄光を。ただし、貴様は許されたわけではない。ほころびは大きくならねば気づかぬ」
ヴゥゥンと音がして、目が消えるとともに、扉が開くようになった。
(聞いたことない捨て台詞みたいなのを吐いてたな。ゲームのままっていうわけじゃないのか)
降りていくと、ごちゃごちゃした空間があった。
棚や台の上に様々なものが並んでおり、巨大な鏡や鎌なんかもある。どうやら魔女の研究室という雰囲気のようだ。
周囲を眺めていると、しっかりした木箱に見覚えのある形の指輪があった。
(……あった——魔連の指輪だ。リスクにはご褒美がないとな)
手に取り指につけると、握った瞬間に魔力が流れ込んでくる感覚があった。通常はクールタイムが必要な魔法を連打できるため、魔法との相性がすこぶる良いアイテムだ。
「……借りていくぞ、イェゼルデ婆さん」
部屋をもう少し物色しようかと、奥に踏み入れようとした時、
ジジジ……
鼓膜の奥で、スピーカーがハウリングしたような、不快な電子音が鳴った。
(まただ、なんだこれ……)
振り返っても変化はない。なにかこれ以上進むことに、得体の知れない圧迫感を覚えた。
(気のせいか……でもやっぱり第六感とかなのかな……なんか嫌な感覚がする……)
目当てのものは手に入ったのと、改めて今いる空間が完全に安全とも言えないような気がしてくると、途端に不安が押し寄せてきたため、逃げるように廃墟を後にした。
部屋に戻ると、同行していたステラが薄目でこちらをちらりと見たのち、うずくまって眠りについた。
薄っすらと耳の奥に残るノイズが、自分の選択に対する、この世界の悲鳴のように思えてならなかったが、手に入れた指輪への満足感と、なんだかんだしていた緊張からの解放で、すぐに眠りに落ちた。
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