第3話 代償
最後に衝撃的な一言を受けた。
つまり、単なるゲームの世界に入りました、ということではなく、現実のゲームの続きになるということだ。少なくともステラはそれを理解している。
(……マンガとかだと、ここは感情的に問い詰める場面なのかもしれない)
でも実際にこの立場になってみると、そういう気にはなれなかった。疑問が多すぎて、怒りより先に「整理しなければ」という感覚が来る。社会人としてみっちり働いてきた経験が、こんな場面で生きているのかもしれない。
「ステラさん、わからないことだらけなので教えてください。まず——ここは『ダークロ』の世界で合っていますか?」
「はい、合っています」
「どうやってこんなことができたんですか?」
「わかりません」
「……なんだよそれ……」
少し考えて、質問をまとめる。
「……じゃあ、一番大事な3点だけ先に聞きます。クリアすれば現実に戻れますか? この世界で死んだらどうなりますか? そして——私がここにいる理由を、あなたは知っていますか?」
「1点目、合っています。2点目、死にます。現実世界でも死にます。3点目、わかりません」
即答だった。
「現実世界でも死にます」という言葉は、頭では理解できた。でも実感が湧かなかった。昨日、あの炎の中を走り抜けたときの熱さや、腕についた傷の痛みを思い返しても——まだどこか遠い話のように感じる。
(……本当に死ぬんだな)
静かに、そう思った。
それ以上の質問は、すぐには出てこなかった。
*
ギシッ、ギシッと階段を登ってくる音がして、扉をゴンゴンと叩く音が続いた。
「おい、起きているか。開けるぞ」
声をかけられてすぐにドアが開き、昨夜のガタイの良い男がのそっと姿を現した。
「おお、起きたか。昨日は助かった。……ん? 珍しいな、黒猫か。お前の猫か? まあいいか。俺はダリオ。この村のまとめ役だ」
ステラの方に目をやると、いつの間にか黒猫の姿になって、尻尾をゆらゆらとしていた。
「私はリツといいます。泊めていただきありがとうございました」
「おう、起きて降りてこい。それから話をしよう」
*
1階に下りると、テーブルにルアが座っていた。
「昨日はありがとうございました。改めて、私はルアと言います」
「記憶が曖昧な部分があって……昨日、何があったか教えてもらえますか」
そう話すルアの顔はひどく憔悴して見えたが、大きな青色の瞳からは強い意思も感じられた。
ダリオに促されて、少し考えてから口を開いた。
「私はリツと言います。探索者になるためにリオネス王国へ向かっている途中でした。森に差し掛かったところで、ルアさんが魔獣に襲われているのを見て、協力しました。弓矢で応戦しましたが、最終的にはルアさんの魔法で魔獣を倒しています。その際の炎の威力で森が燃えたため、一緒に脱出してここまで来た、という流れです」
ルアが首を振った。
「でも……私の魔法は発火程度です。魔獣や森を燃やすような威力は——」
(ストーリーが大幅にネジ曲がるかもしれないし、まだどう動いたらよいかもわからない中で行き過ぎた説明は避けたほうがいい……か)
「私にもわかりませんが、その時のルアさんは真っ赤な瞳をしていました」
「何だと!?」
ガタガタッ!とダリオが立ち上がって驚いている。
「赤い瞳……ルア、魔獣との会話で強く衝撃を受けたと言っていたな。クソっ……」
「ダリオさん、どういうことなんですか?」
ダリオは少し間を置いてから、ルアの質問に答えた。
「落ち着いて聞け。まず先に言っておくが、化ける魔獣というのは中位魔獣のヴルドのことだろう。吹き込まれたことは信じなくて良いと思う。魔女のバアさんはどんな不意打ちを食らってもヴルドにやられるようなタマじゃない。そのうえで、第一位階も超えていないルアがヴルドを倒せる魔法を使えるというのもありえない。中位魔獣だからな」
「じゃあ、なんで……」
ルアが消えそうな声で言った。
「そうだな……大概の人間は、人格が壊れるほどの興奮状態に陥ると、そのまま廃人になるか記憶がなくなるかする。だが稀に、強靭な精神を持っていると、別の人格を自動的に作り出して精神を自衛できる者がいる。強靭な精神を持っている人間とは、だいたい大量の魔力がある人間だ。バアさんは最初に来たときに、ルアには大量の魔力があると言っていた。恐らく、ヴルドの嘘と襲われた恐怖がルアに取っての引き金になったんだろう」
ルアが黙って続きを待っている。
「恐らく、そういった状態になったんだろう。赤い瞳が顕現して、攻撃力や魔力が異常に高まることがその症状だからな。普段は10%くらいしか力を使っていないというだろう? あれが100%になると捉えてもらっていい。ヴルドを瞬殺できたのもそれだろうよ」
「……私、何も覚えていなくて」
「覚えてなくて当然だ。この状態を……『バーサーカー化』という。バーサーカー化している間は意識がなくなる——だからルアには記憶がない」
冷静に聞いていたルアの目が揺れ、震える声でつぶやく。
「……そんな」
「お前さんは何も悪くない。魔獣どもの悪魔のような行動の被害者だ。それに——直す方法はある」
ダリオがルアの肩を抱いて、静かに言った。
そして、少しルアが落ち着いたのを確認してから、ダリオがこちらを向いた。
「改めて、ありがとうよ。ボウズがいなかったらルアが危なかった。なにかお礼がしたいが……弓矢しか持っていないみたいだが、王国に向かうなら準備してやろうか?」
(そうだ……この流れもあったんだった。初期にお金か武器かスキルをもらえる流れ……)
「いえ、大丈夫です」
「そんな事言うな、なにかお礼をさせてもらわないと困る。助けてくれたんだからな。武器はどうだ?」
「いえ、大丈夫です」
「うーん、何かお礼をさせてくれ。お金はどうだ?」
「いえ、大丈夫です」
「なんだ!強情なやつだな!むむむ……これは俺も聞いてみなきゃわからないが、村にスキルブックがあったはずだからそれでどうだ? 貴重だぞ!」
「いえ、大丈夫です」
「なんだと!なら本当に何もいらないんだな!二言はないな!もう聞かないぞ!」
「はい。大丈夫です」
(そう、初期のアイテムにこだわらずに、徹底的に断らないといけない。ダリオは脳筋仁義マンだから、仁義が果たせないと段々バカになっていくんだ……ゲームなら、30回近く同じ質問を答え続けることになるが……どうだ……)
「ダメだ!!なんでもいいから言え!リオネス王国の元騎士の名にかけて、お礼を果たさぬなど許せない!小さいことでも良い!私が叶えられるものなら叶えてやるから言え!!」
(来た。ここだ)
「ダリオさん、なんでもいいと言いましたね」
「む?何かあるのか!?」
「……それでは」
一拍置いて、言った。
「ルアさんをください」
(……現実でも言ったことないのに、10代の少女になんでこんなことを言っているんだ……)
「な、なんだと!? 貴様ァ! ふざけているのか!!!」
ゴンッ。
鈍い音がして、意識が途切れた。
*
今朝と同じく、同じ部屋で同じように目が覚めた。
違うのは左側の頬と、右肩に鈍い痛みがあること、そして、うつらうつらしているルアが黒猫を膝に乗せて椅子に座っていたことだ。
(……結果を知っていたなら、あそこまでシナリオ通りに再現しなくてもよかった。痛い)
ゴソゴソと体を起こすと、ルアがハッとして声をかけてきた。
「大丈夫ですか! ダリオさんに変なこと言うから殴られたんですよ、リツさん。吹き飛んで……死んじゃったかと思いました」
(変なことを言ったからといって即座に殴るのはどうかと思うが、くそ脳筋仁義マンめ……)
痛た……と言っていると、ルアが目を逸らしてボソボソとなにか言っている。
「でも、殴られても仕方ないですよ……あんな状況で、あんな変なこと言うなんて……それも私も年頃なんだから……全く……助けてもらったのは感謝してますけど……こんな一晩で、そんな感じになってもわからないっていうか……」
なるほど、この世界では現実世界よりも婚期が早いらしい。
「それで! どういうつもりなんですか!」
どこまでが独り言かわからないが、最後だけこちらを向いて語気を強めてきたので、質問しているのだろう。ルアは色白なので、耳が赤らんでいるのがよく分かる。
「そのままだよ。探索者になるのに仲間が欲しいし、バーサーカー化の治し方も一緒に探せればと思ったんだ」
更に赤らめた顔でルアは近づいてきて言った。
パンッ!
「……そのままだよ、じゃない!! 分かりづらいのよ!! バカ!」
今度は気は失わなかったが、頬が手の形に赤くなった。
(バーサーカー化しなくてよかった)
——今後は痛い思いのするシナリオは極力避けようと、心に誓った。
今夜23時まで順次公開します。6話以降は毎日21時更新です。




