第2話 ナビゲーター
「私、ルアって言います」
そう名乗ったあと、少女から漂う異様な高揚感が急激に収束した。
恍惚とした笑みが消え、目を閉じたかと思うと、人形の糸が切れたかのように、ぐらりと倒れそうになる。
咄嗟に腕を伸ばし、倒れないように抱きかかえた。
「大丈夫ですか!?」
少女はゆっくりと目を開けた。さきほどまでの真っ赤な瞳と違い、澄んだ青色の瞳になっている。
「う……あ、ぁ……っ」
少女はぼんやりとした表情で数回まばたきをしたあと、血の気の引いた顔で怯え始め、青い瞳を大きく見開いて口元を押さえた。
「うぇ…ごほっ、ごほっ!」
一定の間隔で息が止まるような嗚咽を繰り返し始めた。背中を擦ってあげることくらいしかできないが、時折うめき声を上げながら、もう何も出なくなった胃を酷使して、何度も嗚咽している。
(ゲームをしていたときも衝撃的な話だとは思っていたけど……この反応を直接見ると、悲惨すぎる……)
少しして、少女は涙と唾液で歪めた顔をこちらに向け、ゴウゴウと燃え盛る森を呆然と見た。
「なぜ……?何が……?」
「……リツと言います。通りすがりで君と出会い、一緒に魔獣から逃げてきた。他所から来たから、このあたりのことは詳しくない。とりあえず、休めるところを探したい」
ルアは吐き疲れて虚ろな目で、少し時間を置いて返事をした。
「………はい…村が、あります…」
ルアはまた嗚咽を上げながらうずくまってしまったが、少し待ってから、手を引いて、二人で村への帰路を歩き始めた。
*
弱っているルアに肩を貸し、一言も話さずに村までの道を歩き、村が見えた頃には既に夜が深まっていた。
村の入口に近くなったところで、松明を持ったガタイの良い男が走り寄ってきた。
(ダリオ。序盤のサポートキャラクター——)
「ルア!!!おいっ何があったんだ!!!?森から火が見えたから心配したぞ……魔女のバアさんは!?」
虚ろな目をしたルアを受け渡しながら、こちらに問いかけてきたが、疲労が限界で、首を振ることしかできない。
「っな……わかった。とりあえずこっちへ来い」
状況を見て、察してくれたのか、ルアを抱えた男とともに、村の外れにある家に向かうと、そのまま、家の中に招き入れられた。ルアをベッドに下ろし、布巾で顔を拭くのを手伝う。
「すぐに危険はないのか?」
おそらく……と思いつつ、頷いた。
「そうか……いろいろ聞きたいが、とりあえずお前も休め。……ルアを連れて帰ってくれてありがとう」
2階の一室を使うよう促され、重い足を運んで階段を登った。部屋に入って一人になってみると、思った以上の疲労感が襲ってきて、何も考えないままベッドに倒れ込み、すぐに眠りに落ちた。
*
夢を見た。
何かに興奮していた。何かに絶望していた。何かを何度も諦めかけた。
10年分の記憶は、夢の中でもぐちゃぐちゃだった。
*
窓から朝日が差し込んでいた。
(……『ダークロ』を始めたのも、もう10年前だもんなあ。懐かしいことがいっぱいあるよなあ)
夢で見たことのほとんどが薄れていく。ぼうっとしたまま天井を見上げていると、ふと、入口側に気配がした。
目をやると、扉の横に置かれた椅子に、人が腰掛けていた。
ビクッ。
思わず体を起こしたところで、座っている女性が静かに口を開いた。
「リツ様でよろしいですね。冒険をサポートさせていただく、ステラです。よろしくお願いします」
「……ステラ!?」
ステラはゲームで登場する。ナビゲーションキャラクターだ。
「どこから出てきたんだよ、っていうか、どうなってるんだ!」
突然の状況に、ちゃんとした質問ができない。
ステラは答えることなく、無表情のまま立ち上がり、「フィリス」と小さく呟いた。その体が帯のようなものに包まれながらシュルシュルと小さくなっていき、黒猫の姿に変身した。そして、少しだけ開いている窓に目配せをした。
「……なるほど」
(——そうか、ゲームでも黒猫の姿になれる設定だったな)
ステラはまたシュルシュルと人型に戻った。柔らかそうな黒髪に、耳のついたカチューシャのようなアクセサリー。ダボっとしたパーカーのような服装で、全体的に真っ黒だ。
「それでは、この世界についてご説明致します」
人型に戻るや否や、淡々と話し始めた。
「数十年前に、突如現れた『夢見る終わりの創造主』という存在が、北の大陸を滅ぼしました。滅ぼされた大陸は魔物が大量に発生し、踏み入ることができなくなり、『深淵大陸イデア』と呼ばれて世界から切り離されました。同時に世界各地に魔物や遺跡が出現しています。
ここ『リオネス王国』では、深淵大陸の開拓を目指す『探索者』を支援しています。
何者でもないあなたは『探索者』として『夢見る終わりの創造主』を倒し、世界に平和をもたらすのを夢見ています」
(ゲームの説明を直接聞く日が来るとは……)と思いながら聞いていると、その続きがあった。
「リツ様は——『Dark Lore Chronicle』のゲームシステムと、それに付随する物語を知る存在です。この世界を救ってください」
ステラは無表情でじっとこちらを見ていた。
しばらく、言葉が出なかった。
(今のステラの発言……ってことはつまり、ゲーム内に転生したんじゃない。「この世界に必要な存在」として、ここにいる)
ステラは何も付け加えず、静かに待っている。
その沈黙が、妙に重かった。
ピコン、とシステム音が虚しく鳴り響いた。
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メインストーリー達成率:3%
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今夜23時まで順次公開します。6話以降は毎日21時更新です。




